本書の特色は以下の5点に集約される。
第1に、本書は口語で書かれた特許法の教科書であり、東京大学法学政治学研究科の法科大学院と研究大学院用に展開している特許法の講義の録音に基づいている。筆者は口頭の授業や講演では、情報量は早口とスライドに任せて、聴衆の顔色を窺いながら言葉を継ぎ足しているから、詰め込みすぎという私の文章につきまといがちな弊害は免れているだろう。他方、口語につきまとう冗長さなどの問題点に関しては、共著者の清水紀子講師 (札幌医科大学) の手により解消が試みられている。
第2に、授業の際には時間の関係で端折っているものの、教科書として用いる場合には埋めておいたほうがよいと思われる基礎的な知識は口語調で書き足した。その結果、本書は口語の講義録ではあるが、その情報量は、文語で書かれた標準的な教科書に比肩しうると自負している。
第3に、他方で、内容に関しては、筆者の研究の到達点を可能な限り描写することを心がけた。もちろん、あくまでも本書の主たる狙いは口語の教科書であって、細かな論点には立ち入ることも控えている。しかし、水準は決して落としておらず、最近にいたるまでの私の研究の成果を可能な限り取り込んだ結果、たとえば10 年前の私だったら到底書くことができなかった内容となった。
第4に、全体の体系的な構成にこだわった。多種多様な制度が複雑に絡み合う特許法を理解するためには、全体を俯瞰する視野を持つことが肝要であり、そのためには、なるべくシンプルに機能的に特許法を体系化して説明すべきだというのが筆者の信念である。その結果、第1章で特許制度の意義を説いたあと、第2章で特許審査の対象となる特許要件について説明し、第3章で出願・審査手続を解説する。第4章は侵害の成否をめぐる攻防を話すこととし、そのなかで、まずは侵害訴訟を中心に攻め手の特許権者側が主として主張することを並べ、次に受け手の防御方法を配し、そのうえで侵害訴訟外の防御手段である無効審判等を取り扱い、最後に侵害の効果を語る。第5章は、かくして本来自由であった行為に対して人工的に成立した特許権を、経済的にいかに利用するのかという話に移り、まずはその原始的帰属の問題として発明者や職務発明を説明したうえで、実施権等の話に移る。最後の第6章は国際的側面を扱う。
第5に、本書では、適宜、技術的事項に踏み込んだ解説を施した。「発明」だ、「被疑侵害物件」だと抽象的に表現するだけでは、現実にはなにがどのように問題となっているのかということを感得することは困難であろう。地に足がついた議論をなすためには、ある程度の技術的な理解も必要となってくるというのが、講義に臨む際の筆者の考えである。その結果、本書では、伝統的な機械工具や化学製品から、IoTやバイオに至るまで、様々な実例が取り込まれるに至った。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 田村 善之 / 2025)
本の目次
1 産業政策的な説明(インセンティヴ論)
2 自然権的な説明
3 産業政策からみた望ましい特許制度
第2章 特許が認められるための要件
1 発明であること
2 産業上の利用可能性
3 不特許事由)
4 新規性
5 進歩性(非容易推考性)
6 先 願
第3章 特許付与の手続
1 概 観
2 出 願
3 審 査
4 出願人の対応策
第4章 特許権侵害の成否をめぐる攻防
1 序(裁判管轄とその変遷)
2 特許権の権利範囲であるとする主張
3 特許権侵害の主張に対する防御方法
4 特許権侵害の効果
第5章 特許権の経済的利用
1 概 観
2 特許権の原始的帰属
3 実施許諾
4 移 転
第6章 知的財産法の国際的側面
1 総 論
2 属地主義
3 並行輸入
4 水際規制
■コラム■
コラム1:市場先行の利益
コラム2:積極的理由と消極的理由
コラム3:請求項(クレイム)
コラム4:実用新案
コラム5:パリ条約上の優先権
コラム6:進歩性と創作性―特許法と著作権法の違い
コラム7:本願発明と本件発明
コラム8:選択発明・数値限定発明
コラム9:用途発明
コラム10:知財高裁大合議判決
コラム11:分割制度の濫用
コラム12:知財高裁の設立
コラム13:イ号物件
コラム14:消耗品ビジネス
コラム15:実用新案権・意匠権・著作権との存続期間の相違
コラム16:資産効果
コラム17:ハーモナイゼイション(国際調和)
コラム18:内国民待遇と相互主義
コラム19:独立の原則
コラム20:商業用レコードに関する例外
関連情報
(第196回)知財実務オンライン:「Making of "特許法講義"」(ゲスト:東京大学大学院法学政治学研究科 教授 田村 善之 / 札幌医科大学 附属産学・地域連携センター 特任助教 清水 紀子) (知財実務オンライン | YouTube 2024年6月25日)
https://www.youtube.com/watch?v=Bzcf_BNOckg
書評:
wakio 評「読書メモ:理論と実務を架橋する良質な教科書」 (wakio | note 2025年6月25日)
https://note.com/wakio_popo/n/ncd03132af3b1
鈴木健治 評「田村善之教授の判例評釈手法「徹底判民型」の成果を田村・清水『特許法講義』から学ぶ」 (Kenji Suzuki | note 2024年12月6日)
https://note.com/kvaluation/n/n463828b13cd4
田中汞介 評 (『知的財産法政策学研究』69号p.1-6 2024年10月)
http://hdl.handle.net/2115/93516

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