令和8年度東京大学大学院入学式 総長式辞
令和8年度東京大学大学院入学式 総長式辞
みなさん、ご入学おめでとうございます。ここに集い、東京大学大学院という、さらなる専門知と研究能力を養う場への新たな扉を開かれたことを、心よりお祝い申し上げます。また、みなさんの努力をあたたかく見守り、支えてこられたご家族やご列席の方々にとっても、めでたいこととお慶び申し上げます。
東京大学は、人文学・社会科学から自然科学にまで広がる多様な学問の領域において、未知なる事象や真理の探究に取り組み、基礎研究から応用研究にいたる諸科学の知見を広く社会と共有することを使命としてきました。
しかし、いま私たちが向かいあっている世界は、「激動」という形容では間に合わないほどにめまぐるしく、また大きくゆれ動いています。
80年にわたって紛争の拡大を抑止し、世界秩序を維持してきた国際連合が、かつてない困難な状況におちいっています。戦禍に苦しむ数多くの人びとが等閑(なおざり)にされたまま、新たな緊張と紛争の激化が報道されています。世界各地で容易には修復できない対立や分断が深まっている一方で、人類は温暖化や環境破壊など地球規模で解決に取り組まなければならないさまざまな課題にも直面しています。
このように錯綜し混迷する世界のなかで、大学に今なにができるか。あるいは、大学で学び、調べ、究め、真理を明らかにしようとする者としてなにをなすべきなのか。あらためて問われているように思います。これは、科学を支えている人間の倫理や公正性にも深く関わる、とても大きな問いです。
だからこそみなさんにも、たじろがず、おそれず、そしてあきらめずに、よりよい社会と学問のあり方について考えていただきたいと思います。
最近、「夢ハラ」ということばが若い世代で注目されている、という話を聞きました。「夢をもたない」ことを非難されたり、「やりたいことを探しなさい」と高い目標を求められたりすることを、居心地の悪い押しつけと受けとめる人たちが増えている、ということが背景にあるようです。
たしかに、夢は他人に強制するものではないでしょう。目標にしても、本当に望ましいものだと思えなければ、達成しても空しいだけかもしれません。
しかしながら、夢は未来への駆動力です。仏教では、菩薩は夢をみるが、悟りを得た仏は夢をみないとされているといいます。菩薩はまだ修行中で、迷いがあるからという意味だろうと思いますが、人間もまた常に迷っています。精神分析学者のSigmund Freudが論じたように、夢がいまの自分を支えている価値観のあらわれであり、欲求や願望の表出だとすれば、その声にじっくりと耳を傾けることは大切な学びでもあります。自分の内なる声に耳を澄ますだけでなく、この大学で新たに出会う友たちとも、夢や理想を率直に、そして楽しさをもって語りあう時間をつくりだしていただきたいと思います。
豊かさの追求という夢が人びとの間で共通のものであった日本の高度成長期には、耐久消費財の冷蔵庫、テレビ、洗濯機が「三種の神器(じんぎ)」といわれました。やがてカラーテレビ、クーラー、車の「3C」を手に入れることが、生活の豊かさを象徴するものとして語られました。その普及は、産業社会の発展にも大きな役割を果たします。
現代ではすでに生活必需品の市場は成熟し、人びとの興味・関心は多様化しています。いまでは新たなテクノロジーが可能にした豊かさを私たちは手に入れています。SNSの地球規模への拡大と、AIの急速な発展によって、スマートフォンやコンピュータを通じて接する情報は日常のインフラとなり、かつては考えられなかった便利を当たり前のものにしつつあります。多様な興味・関心を満たすために、つながることのできる人は広範囲にわたり、知りたいことを調べるのも容易になりました。
一方において、私たちはこれまで経験したことがないような困難にも直面しています。日常生活の局面でも、学びや研究の局面でも、情報過多が生みだす新たな問題と、正面から向きあうことになったからです。
たとえば、現代では注目度や関心の高さが経済的な価値を生む「アテンション・エコノミー」の仕組みが発達し、一人ひとりの興味・関心に沿った情報を適応的(Adaptive)に提供することが重視されています。その結果、現在のインターネット空間では、個々のユーザーにそれぞれの好む情報ばかりを提供するアルゴリズムやシステムが、あらゆるところでつくりだされました。気がつかないうちに、同じような情報ばかりを手わたすアルゴリズムは、自分の興味・関心の外側を見えなくする「フィルターバブル現象」をしばしば引き起こします。さらに、自分たちに肯定的な情報ばかりが閉ざされた集団の内側でくり返され、誤りや偏りをふくむ情報が増幅される「エコーチェンバー現象」が起こりやすくなっています。
情報環境の変化だけではありません。私たちの知識や判断力それ自体の、確かさの実感が揺るがされる場面も生まれています。
みなさんもさまざまな場面で、生成AIを使っておられるでしょう。生成AIがしばしば誤った断定や、学習データに起因する偏った応答をおこなうことは、よく知られています。その活用は文章の作成ばかりでなく、画像すなわち視覚的な情報にまで及んでいます。オンライン会議システムでは、AIによる背景や服装の変更機能がさまざまあらわれてきていますが、それによって「真面目さ」や「知性」などの印象が左右されることが、最近の研究で指摘されています。現実に起こっている事件の画像かどうか判定困難な映像が、断片的な事実と一緒に多用されれば、もはや何が事実として正しいのか、本当にわかりにくい状況になってしまうおそれがあります。
歴史上、流言(りゅうげん)や風説が社会に混乱をもたらした事例は数多くありますが、現在の状況が大きく異なるのは、その即時性と規模です。「怒り」を煽ったり、判断を方向づけたりするために、故意に偽の情報が用いられ、陰謀論のような悪役づくりの物語が仕掛けられることすらあります。これらは社会の分断や排外主義、差別といった深刻な問題にもつながりかねません。多くの国々において選挙がSNSの影響を受け、既存メディアの結果予測を大きくくつがえす事例がめずらしくなくなっています。すべてのひとの自由の獲得を理念としてきたはずの民主主義の根幹が、いわゆる「フェイクニュース」の蔓延によって、大きく揺さぶられています。
どうすれば、そうした虚偽の情報環境に巻きこまれずに生きていけるでしょうか。
ただ守ればよい、万能の予防策はありません。まずは、偏った情報環境を自ら認識することは容易ではないというリスクを意識するところから始めるべきでしょう。ひとり不安と向きあうだけでなく、多様な他者と対話し、さまざまな見方に触れ、ともに検証し考えていくことも重要になります。批判力と分析力と想像力をもって、落ち着いて対処することが大切になるでしょう。大学という、この空間を、そうした対話と交流を生みだしうる自由な場として、いろいろな意味で活用し、その意義を実感していただきたいと思います。それは、フィルターバブルによって閉じた扉を開き、自分が巻きこまれているエコーチェンバーに気がつくことにつながっていきます。
個人が孤立し視野が狭くなれば、おのずと夢も独りよがりなものとなります。大きな夢の実現のためには、新たなつながりを求め、他者が何に関心を持ち、何を求めているのかについて深く考える必要があります。タイム・パフォーマンス、いわゆる「タイパ」が重んじられている現代では、無駄だと思われてしまう対話の時間は切り捨てられがちかもしれません。しかし、対話を積み重ねるなかで、自分の夢を見つめなおすことも可能となるでしょう。
私は在外研究のためスイスのヌシャテルという街に一年ほど滞在したことがあります。とりわけ印象にのこったのは、出自も専門も関心も異なる研究者が互いを尊重しながら率直に議論する風土でした。研究の合間のランチに出身国も文化も異なる十人ほどがつどい、研究にかぎらずあらゆる話題について自由闊達に語りあう。そんな場が日常にありました。
また先日、フランスのマクロン大統領を本学の生産技術研究所にお迎えする、というたいへん光栄な出来事がありました。その主な目的は生産技術研究所に置かれているLIMMS(Laboratory for Integrated MicroMechatronic Systems:リムス)という日仏国際共同ラボの視察でした。そこではフランスからきた多様なバックグラウンドを有する研究者や学生、スタッフが参加して、30年以上の長きにわたって共同研究がおこなわれ、多くの優れた成果が生みだされてきました。私自身も以前に7年間ほど、このラボのディレクターを務めたことがあります。いまでは、このLIMMSをふくめ、異なる研究分野の日仏国際共同ラボが東京大学全体で5つを数え、いずれも国際性豊かな環境で研究がおこなわれています。
みなさんも、これから本学での学びや研究を通し、できるだけ多くの機会で積極的に出会いを広げ、多様な人びととつながり、対話してみてください。そうしたなかで、研究を前に進めていく批判力と分析力と想像力を身につけることができるでしょう。みなさんには、創造的地球市民として知の探求への夢とよりよい未来社会への思いを地域や国の境を越えて共有していただきたいと思います。
あらためて、入学おめでとうございます。みなさんのこれからの活躍を心から期待しています。ようこそ、東京大学の大学院へ。
令和8年4月13日
東京大学総長 藤井 輝夫
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