2023年10月7日のパレスチナ人組織ハマースが主導した奇襲攻撃を契機として、イスラエルはガザ地区を完全封鎖して苛烈な軍事攻撃を始めた。イスラエルのヨアヴ・ガラント国防相 (当時) は、10月9日の段階で「電気、食料、水、燃料のすべてを止める。我々は人間動物と戦っているのだから、それに相応しい行動を取る」と宣言し、ガザ地区は文字通り「孤島」となった。
本書はガザ地区での戦闘によって多くの死者が確認されるなか、11人の研究者によって緊急執筆された論考をまとめたものだ。情勢がめまぐるしく変化するなか、各著者にとって「筆を置く」タイミングが非常に難しい1冊となった。一方で、ガザ情勢がにわかに国際的な関心を集めてからおよそ3ヶ月後のタイミングで書き留められた論考には、その後のガザ情勢を考えるための多くの示唆があったとこに改めて気づかされる。
アメリカの動きを論じた章 (三牧聖子 著) では、「アメリカとの『価値の共有』をうたってきた日本だが、ガザ危機については、アメリカと共有できない価値について率直に伝え、その政策転換を促していくことが重要になってくる」と提起されていた。日本政府は、アメリカからの要請もあって、2025年9月のパレスチナ国家承認を見送った。この章の提言は、今後も日本社会に厳しく問われていくことになる。
国際法との関連を論じた章 (新井京 著) では、イスラエルが国際法をある種の武器として戦争の中で利用するLawfareを展開していることが指摘された。民主主義国家であることを自任し、先進国の一員として振る舞うことに価値を見出しているイスラエルが、なぜガザ地区で人道危機をもたらしているのか。この問いに答える際に、この章は多くの示唆を与えてくれる。
また、本書は、さまざまに先駆的な研究を行ってきた日本の中東研究者からの寄稿も得た。同時期に編集を行っていた入門書である『パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章』と比べると、本書はより研究論文に近い論考を収めている。パレスチナ/イスラエル事情のほか、中東各国や日本、国連との関連が論じられている。
情勢の著しい変化を受けて、私は編者として各章の内容を調整するところまで力が及ばなかった。しかし、本書に収めることになった多様な論考は、いまだに収束の兆しを見せないガザ情勢の今後を考える際に、多くのシナリオを提供してくれる。各章で展開される情勢との格闘ぶりに注目して読み進めて貰いたい。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 特任准教授 鈴木 啓之 / 2025)
本の目次
(池内 恵)
はじめに
1 「10月7日」前夜の中東地域とパレスチナ問題
2 「10月7日」に起こったこと
3 「10月7日」が変えたもの
4 「10月7日」の後にも変わらないもの
5 「10月7日」の中・長期的影響
I イスラエル・パレスチナ情勢
1 緊迫するガザ情勢と今後の見通し
(鈴木啓之)
1 ガザ地区で何が起きていたのか
2 「なぜ10月7日なのか」
3 事態の波及
4 今後の見通し
2 イスラエルの平穏を破ったパレスチナの絶望
「10・7」開戦の経緯
(錦田愛子)
1 イスラエルにとっての「10・7」
2 ガザ地区の深すぎた「絶望」
3 イスラエルの長すぎた「平穏」
4 エルサレム問題と「アル=アクサーの洪水」
5 ガザ地区武装勢力の団結
3 イスラエルの世論はどう動いたか
越境攻撃の世論調査から見る
(保井啓志)
はじめに
1 10月7日の越境攻撃直後――混乱と責任の追及
2 地上戦の開始と人道危機について
3 経済状況の悪化への懸念と予算をめぐる対立
4 ポスト・ネタニヤフと政界の再編
5 国際世論との乖離と戦闘後のガザ地区の運命
おわりに
4 ガザの陰に隠れた苦境
イスラエル、東エルサレム、西岸のパレスチナ人
(山本健介)
はじめに
1 パレスチナ人の多様な境遇
2 イスラエル国内のパレスチナ人と「10・7」
3 東エルサレムのパレスチナ人と「10・7」
4 西岸のパレスチナ人と「10・7」
おわりに
II イスラエル・パレスチナを取り巻く国際関係
5 感情とプラグマティズムの狭間で
トルコのガザ紛争に対する対応
(今井宏平)
はじめに
1 公正発展党の中東和平問題に対するスタンス
2 2023年ガザ紛争に際する外交
おわりに
6 石油武器戦略から仲介外交へ
ガザ紛争をめぐる湾岸諸国の対応の検討
(堀拔功二)
はじめに
1 背景――パレスチナ問題と湾岸諸国
2 ガザ紛争への反応と対応
3 紛争仲介に走るカタルとその限界
おわりに
7 ガザ危機とアメリカ
(三牧聖子)
1 イスラエルを全面擁護するアメリカ
2 イスラエルの9・11?
3 イラク戦争とのデジャヴ
4 揺らぐアメリカの道義的な地位
5 アメリカの対イスラエル政策の転換はあるか?
8 イスラエル・ガザ紛争と国際人道法
Lawfareの彼方に希望はあるか?
(新井 京)
はじめに
1 紛争の性格付け(Classification)によるフレーミング――「ハマスとの戦争」か「パレスチナとの戦争」か?
2 「戦争の霧」の中で――付随的損害は「すべてハマスのせい」なのか?
3 相互主義の果てに――「10・7の蛮行」はすべてを正当化するのか?
おわりに
9 国際連合とガザ情勢
和平の可能性
(江﨑智絵)
1 パレスチナ問題との関わり
2 事務総長の立場
3 イスラエルおよびパレスチナの国連観
4 決議案にみるハマースへの対応
5 事務総長による国連憲章九九条の発動
6 安保理での攻防
10 日本の対中東・パレスチナ政策の展開
(酒井啓子)
1 パレスチナ問題への関わり
2 90年代の政策転換とパレスチナへの直接的関与
3 地道な日本の対パレスチナ経済支援
おわりに――アラビスト外交官の存在
あとがき
関連情報
https://www.utp.or.jp/special/Gaza/
著者インタビュー:
ガザ紛争を解きほぐす――ユダヤとイスラム、「数千年の対立」の誤謬
鶴見太郎(東京大学大学院准教授)×鈴木啓之(東京大学中東地域研究センター特任准教授) (中央公論.jp 2025年9月10日)
https://chuokoron.jp/international/127317.html
ナクバとパレスチナ―「ナクバ」とは何か(鈴木啓之さんインタビュー・前編) (Dialogue for People 2025年6月9日)
https://d4p.world/31937/
ナクバとパレスチナ―国際規範に反する虐殺を止めるために(鈴木啓之さんインタビュー・後編) (Dialogue for People 2025年6月9日)
https://d4p.world/31939/
ガザ停戦合意、残るもろさ 要衝めぐり崩壊する危険性も 鈴木啓之氏 (『朝日新聞』 2025年1月17日)
https://www.asahi.com/articles/AST1J2S8HT1JUHBI01KM.html
著者コラム:
ガザ紛争、長期化の要因と停戦のシナリオ...オスロ合意からの「二国家共存」路線を再考するとき (中央公論.jp 2024年6月19日)
https://chuokoron.jp/international/125210.html
ニュースのなぜ「なぜ?どうして?イスラエル・パレスチナ紛争」 (Gakken x 朝日新聞キッズネット 2023年12月19日)
https://kids.gakken.co.jp/kagaku/nandemo/israel-palestine2023/
書評:
<本の棚> 二井彬緒 評 (『教養学部報』658号 2024年11月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/658/open/658-2-03.html
メディア出演:
【特集・前半】なぜイスラエル軍のガザ侵攻は止まらないのか(鈴木啓之) (『荻上チキ・Session』TBSラジオ 2025年5月20日)
https://www.youtube.com/watch?v=JBqTYPmvRlE
【特集・後半】なぜイスラエル軍のガザ侵攻は止まらないのか(鈴木啓之) (『荻上チキ・Session』TBSラジオ 2025年5月20日)
https://www.youtube.com/watch?v=OUAfgTw3pdI
イベント、セミナー、シンポジウム:
NEW! オンラインセミナー「安保理決議2803号とガザの行く末」 (パレスチナ子どものキャンペーン 2026年3月5日)
https://www.ngo-jvc.net/support/event/20260226_palestine.html
NEW!【トークイベント】野坂悦子×鈴木啓之×木村万里子「見る、知る、味わう パレスチナの生活と文化」 (本屋B&B 2026年2月26日)
https://ccp-ngo.jp/news/seminar/
公開シンポジウム「パレスチナ問題を通して考える教育の可能性と課題」 (立教大学教育学会 2025年10月4日)
https://www.rikkyo.ac.jp/events/2025/10/mknpps000003aeij.html
オンラインセミナー「ガザ人道危機のいま」 (パレスチナ子どものキャンペーン 2025年9月25日)
https://ccpjapan0925.peatix.com/
【Webセミナー】ライブ配信「イスラエル・パレスチナ紛争、国際社会への影響」 (公益社団法人日本経済研究センター 2024年11月22日)
https://www.jcer.or.jp/holding-seminar/20231122tokyo.html
パレスチナ/イスラエルの今を知る――共に生きるために 鈴木啓之・永井玲衣 (本と珈琲の店 UNITÉ 2024年8月26日)
https://www.utp.or.jp/news/n105802.html
特別ワークショップ「ガザ紛争を考える:イスラエル、パレスチナと国際社会はどうなるか」 (科学研究費補助金基盤A「空間・暴力・共振性から見た中東の路上抗議運動とネイション再考:アジア、米との比較」(課題番号21HD4387-K、研究代表:酒井啓子 2023年11月16日)
http://www.shd.chiba-u.jp/glblcrss/activities/activities20231101.html

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