私とともにこの本の編集者として一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団が記載されている。この財団法人は、1992年の設立以来一貫して市民によるまちづくり・住まいづくりの活動を助成してきた団体であり、この本はこの財団の創立30周年事業として、2022年に刊行されたものである。この30年間、この財団によって支援されてきた団体は延べ440件、その支援総額は約3億5000万円にも上る。
この間、同財団は2017年から「住まいまちづくり助成事業」という助成活動のフィールドを新たに立ち上げた。それは、さまざまなまちづくり活動の中でも、「住まい」というものに特化した活動分野を促進するためであった。このために、2017年から「住まいまちづくり」分野の調査研究委員会が立ち上げられ、私はその委員長として参加し、他の委員と一緒に5年間かけて執筆、編集したものである。
そもそも「住まいまちづくり」とは、どういう分野なのだろうか。住まいの方は、住宅のデザインや間取り、建て方の技術、などなど、空間や物体としての住宅建築を中心とした分野であり、材料や構造、空気環境、エネルギー環境、住まい方、ひいては暮らし方まで包含する分野である。東大の工学部建築学科あたりを中心とした分野でありながら、都市工学や社会学などとも関連が深い。一方の、まちづくり分野は、一定の規模を有する地域社会における空間を対象に、そこに住む人々の生活総体の価値の向上を目指して、法的な土地利用規制や、都市開発といった投資、インフラ建設といったハードの側面も有するし、地域社会内におけるコミュニティ形成、産業育成、社会課題解決などといった、東大でいえば都市工学科、社会基盤工学科、経済学、社会学にも関連する領域である。ただ近年、住まいを単体のみで取り扱うことがなかなか難しくなってきている。その端的な例が「空き家」問題である。空き家が地域にたくさん発生すると、空き家だけの問題にとどまらず、地域全体の衰退を導くまちづくり問題に直結する。一方で、まちづくりを考えるときには一軒一軒の住宅をどのように使っていくかという戦略も重要となってくる。このため、住まいというカテゴリーと、まちづくりというカテゴリーを、個別に考えたのでは解けない社会課題が増えてきたために、「住まいまちづくり」という領域が意識されるようになったのである。
本書は、一般市民が住まいまちづくりの活動を始めようとするときに知っておきたい基礎的な情報と最新情報について第1部で説き起こし、第2部では参考になると思われる15の事例をわかりやすく紹介するという構成となっている。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 大月 敏雄 / 2025)
本の目次
第1部:住まいまちづくり活動の理論と実践
【1章:市民主体の住まいまちづくり活動と住宅政策/大月敏雄】
1.住生活基本計画に見る住宅をめぐる社会課題
2.5つの住生活上の課題領域
3.戦後日本の住宅政策の変遷と5つの課題領域
4.H&C財団・住まい活動助成の位置付け
5.まとめ
【2章:市民まちづくりのマネジメント/松本 昭】
I.市民まちづくりの主体と多主体連携
1.市民まちづくりの主体
2.市民まちづくりと多主体連携
II.まちづくりと合意形成
1.「合意形成型まちづくり活動」と「賛同・共感型まちづくり活動」
2.合意形成と行動特性
3.コミュニティを高める合意形成への工夫
4.法政大学地域経営論での演習課題から
5.地域的合意形成へのプロセスワーク
III.市民まちづくり活動と資金
1.初期投資と事業規模から観たNPO
2.資金調達の手段と特性
3.新しい資金調達
4.上手な資金調達とは
5.賛同・共感で資金を集める「クラウドファンディング」
6.ふるさと納税を活用した資金調達
7.NPO法人の決算から学ぶ
【3章:住み継がれる住宅地を支えるための法制度、意識変革、そして支援/板垣勝彦】
1.住まい、まちづくりに関する法の役割
2.今後の法制度の向かうべき道
3.個別事例から考えたこと
4.おわりに — 人びとの間を「取り持ち」「つなぐ」モデレーターの重要性
【4章:未来のふるさとをつくる ― 台東区谷中の試み
住文化を住み継ぐ、個人発・地域連携まちづくりの30年/椎原晶子】
はじめに 谷中まちづくりから読み込む、個人発まちづくりのコツ
1.価値をみつける — 「いいとこさがし」まちの文化を掘り起こす
2.波紋を広げる — 「谷中学校」の個人発のまちづくり
3.建物再生の連鎖から — 点から面へのまちづくり
4.プレイヤーを増やす — まちと建物再生をめぐる多様な連携
さいごに 未来のふるさとをつくる — 持続あるコミュニティとまちへ
【5章:空き家再生を通した地域コミュニティの創造
NPO法人尾道空き家再生プロジェクトの15 年/渡邉義孝】
1.観光地おのみちの変遷と課題
2.ガウディハウスとの出会い — 空き家再生のはじまり
3.空き家バンクによる移住促進
4.セトギワ建築の解体を阻止する
5.空き家再生で変わるまち — コミュニティのかたち
6.これからの空き家再生への視座
第2部:住まいまちづくり活動に学ぶ
活動1 鏝絵の蔵の修復をきっかけとした摂田屋のまちづくり
機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会/平沢政明、大内朗子
活動2 金澤町家の魅力の発信と継承・活用の取り組み
NPO法人金澤町家研究会/川上光彦、渡邉義孝
活動3 旧庄屋屋敷の保存活動がPark-PFIに結実
NPO法人旧鈴木家跡地活用保存会/村木正彌・池田敏章、松本昭
活動4 建築協定から見守り型地区計画へ
美しが丘アセス委員会遊歩道ワーキンググループ/藤井本子、椎原晶子
活動5 緩やかなコミュニティで紡ぐ住宅地マネジメントの活動
NPO法人玉川学園地区まちづくりの会/木村真理子、椎原晶子
活動6 エレベーターのないマンション暮らしを支える互助活動
NPO法人鶴甲サポートセンター/桑田 結、松本 昭
活動7 1案に絞らない郊外分譲マンションの再生活動
東村山富士見町住宅管理組合/大森 茂、大月敏雄
活動8 公社賃貸住宅の空室活用による団地コミュニティ支援
大阪府住宅供給公社/田中陽三、板垣勝彦
活動9 空き部屋モデルルームでひろげる団地の魅力再発見
NPO法人グリーンオフィスさやま/山本 誠、大月敏雄
活動10 空き家を活用した「子育てシェア型託児所の運営」
一般社団法人Omusubi(現 Ripple)/佐藤祐美、大月敏雄
活動11 高齢単身区分所有者の資産管理を支援する活動
NPO法人都市住宅とまちづくり研究会/杉山 昇、久田見卓
活動12 公社の空き住戸を活用した障がい者による団地食堂での地域交流活動
NPO法人チュラキューブ/中川 悠、大月敏雄
活動13 外国人居住者が過半を占める大規模賃貸住宅の共存・共生への取り組み
芝園かけはしプロジェクト/圓山王国、大月敏雄
活動14 住宅困窮者への豊かな住環境の確保を支援する活動
NPO法人南市岡地域活動協議会/松井信一、大月敏雄
活動15 住居を失いホームレス状態となった生活困窮者への居住支援
NPO法人ほっとプラス/平田真基、板垣勝彦
寄稿・インタビュ−:市民まちづくりのこれまでとこれから
髙見澤邦郎 「我がまちで……」を振り返ってみると
佐藤 滋 まちづくりのこれまでの歩みとこれから
西村幸夫 情報社会による多様な連携が地域を拓く
小林郁雄 市民まちづくりの現在地
小澤紀美子 地域は屋根のない学校
山岡義典 小さな営みが幾重にも蓄積されたコミュニティ
鎌田宜夫 専門家の知識と生活者の知恵
萩原なつ子 ジェンダーの視点でまちをみる
澤登信子 私の生活者視点からの住生活への試み
活動助成一覧
用語解説一覧
発刊によせて:一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団 理事長/大栗育夫
関連情報
第21回日本NPO学会賞 選考委員会特別賞 受賞 (日本NPO学会 2023年)
https://janpora.org/award/shohyou21.html
セミナー:
ハウジングアンドコミュニティ財団創立30周年記念セミナー「市民まちづくりのこれから」を考える―多様なつながりが奏でる地域社会の近未来― (一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団 2022年11月12日)
https://www.hc-zaidan.or.jp/data_files/view/205/mode:inline