日本の建築への関心がかつてないほど高まっていることを感じる。ひとつの理由は環境危機に対して、日本の伝統的建築の様々な智恵・技術が、ひとつのソリューションを提供しているのではないかという直感的予測である。
中国、韓国を含む東アジアの伝統建築の中でも、日本建築がとりわけサステナブルだと考えられている主な理由は、その狭小な国土と高密度の人口にある。かつて高密度は、日本という小さな国に与えられた特殊案件であったが、世界中が高密度という問題を共有しつつある現代において、高密度であるにもかかわらず、小さくても快適な居住環境を維持し続け、しかも森を破壊することなく70%という驚異的に高い森林率を維持し続けている日本という場所は、ひとつのミラクルと映るのである。
そのミラクルを可能にしている秘密が、日本人のライフスタイル、そのライフスタイルと一体となった建築デザインにあるのではないかという質問に対して、日本人は、科学的、美学的な答えを示さなければならない。それがこの本を書き始めたひとつの動機である。その意味で、この本の目的は科学と美学の架け橋であり、従来の日本建築論が、美学中心の様式論であったことに対する批判が、この本のペースになっている。
同時にこの本のユニークさは、原点志向、源流志向を排除した点である。「ここにこそ日本の原点がある」という思考形式に、日本論は流れやすい。そこから数々の「家元」が乱立する日本的状況が生まれる。しばしば思考を硬直化させるこの原点志向をここでは徹底的に排除し「原点」とみなされてきた伊勢神宮でさえ、折衷の産物として再定義した。
折衷を排する西欧的思考は、モダニズム建築のベースにもなっていると僕は認識している。そうしてモダニズムと日本建築は奇妙な共犯関係を維持してきた。日本建築を家元的な原理主義から解き放ち、自由な多様性と再定義したい。日本建築に関心を持ち始めた、西欧人や科学者、技術者を含む様々な人が参加できる自由な場を作ることが、著者の夢なのである。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 名誉教授 / 特別教授室 特別教授 隈 研吾 / 2026)
本の目次
I 日本という矛盾――構築性と環境性
はじまりの
木箱タウトvs.フォルマリズム
桂離宮という「奇跡」
桂離宮,伊勢神宮vs.日光東照宮
伊東忠太の反逆
西欧の二項対立
日本と西欧の距離と反撃
日本のサヴォア邸
丹下健三「大東亜建設記念営造計画設計競技」一等案
丹下の矛盾と伊勢神宮の両義性
レヴィ=ストロースの着眼点
II 革命と折衷――ライト,藤井厚二,堀口捨己
ライトによる転倒
浮世絵と庇との遭遇
ヴァスムート・ポートフォリオと巨匠たちの遭遇
ベーレンスによる脱色
建築の二〇世紀――「自由」な建築
六人の「折衷」建築家
藤井厚二――曖昧さとエンジニアリング
聴竹居――コルビュジエへの挑戦
小さなエンジニアリング
木という特別な物質
堀口捨己――早すぎた分離派建築会
オランダとの出会いと紫烟荘
物質としての建築論と茶室との遭遇
民藝と考現学によるモノの発見
大震災,疫病から弱い物質とモノへ
III 数寄屋と民衆――吉田五十八,村野藤吾,レーモンド
吉田五十八,村野藤吾と戦後
西欧による挫折と数寄屋の近代化
吉田の焦りと矛盾
明るい数寄屋と引き込み建具
線の排除と大壁造
村野のヨーロッパ体験と反東京
革命への挫折,北欧建築の発見
「西」の数寄屋
関西の小ささ,関東の大きさ
大地の発見
弱さの発見と瓦礫の上に咲く花
二種類の数寄屋
木材不足と細い柱
歌舞伎座をめぐる闘い
新歌舞伎座における村野の挑戦
捻子連子による吉田の挑戦
面取りと表層主義
西と東の長い確執
西の大陸的合理性,東の武士的合理性
千利休における西と東
小さな江戸,大きな明治
小さな建築としてのモダニズム
垂直性への嫌悪
丹下の垂直性
老馬にまたがるドン・キホーテ
ラボとしての数寄屋
中間粒子とオマケの可能性
中間粒子による増改築
レーモンドと日本
レーモンドのバウハウス批判
製材の木造と丸太の木造
民藝運動とペリアンチェコの民家と足場の丸太
レーモンドの斜め
ピロティから孔へ
土間と孔
IV 冷戦と失われた一〇年,そして再生
日本の敗戦と日欧の均衡の崩壊
冷戦が要請した,建築を媒介とする日米和解
若いアメリカの象徴,松風荘
和解がもたらした日本の分断
丹下健三の怨念と伝統論争
土着の縄文vs.アメリカの弥生
丹下自邸という究極の和洋折衷
自邸取り壊しと日本との訣別
縄文からコンクリートへ
建築による戦後日本の分断
鈴木成文と内田祥哉
西山夘三と生活への回帰
51C型と東求堂建築生産とプレハブ
日本の木造建築のフレキシビリティ
日本のモデュール
バブル崩壊と木造との出会い
頭からでなく,モノから考える方法
失われた一〇年と新しい日本
おわりに
図版一覧
主要参考文献
関連情報
日本建築は“迷い”でできている―隈研吾さんが語る、継承と進化のリアル (『共生進化ネット』 2025年2月16日)
https://kyoseishinka.jp/12th-kuma-04/
隈研吾 なぜ8年がかりで『日本の建築』を執筆したのか
隈研吾 「和の大家」という呼ばれ方に反論したかった (『日経BOOKPLUS』 2024年3月5日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/022100347/022100001/
隈研吾 なぜ8年がかりで『日本の建築』を執筆したのか
隈研吾 網野善彦と上野千鶴子から得た刺激 (『日経BOOKPLUS』 2024年3月12日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/022100347/022100002/
隈研吾 なぜ8年がかりで『日本の建築』を執筆したのか
隈研吾 学生時代に天敵だった先生が、僕を育ててくれた (『日経BOOKPLUS』 2024年3月19日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/022100347/022100003/
SEE TOKYO THROUGH THE EYES OF ARCHITECT KENGO KUMA (『TOKYO』 2023年3月)
https://timelesstokyo.com/article/cat_experttips/kengokuma
書評:
田崎健太 (ノンフィクション作家) 評 (田崎健太(ノンフィクション作家) | note 2025年3月16日)
https://note.com/tazakikenta/n/n2ed3a60976c6
清水聡 (清水紙工) 評 (Rethink Paper Project | note 2024年10月18日)
https://note.com/rpp_note/n/nd7163f8f268b
【Penが選んだ、今月読むべき1冊】印南敦史 (作家/書評家) 評「既成概念を超えた角度から、隈研吾が日本建築の本質に迫る」 (『Pen』 2024年3月15日)
https://www.pen-online.jp/article/015543.html
本よみうり堂: 東畑開人 (臨床心理士) 評「世界と一線 美を再発見」 (『読売新聞』 2024年2月16日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/reviews/20240213-OYT8T50031/
伝統と向き合った先人たち (『日本経済新聞』 2024年2月10日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD025F40S4A200C2000000/
イベント:
シンポジウム:「日本の建築」を考える (東京大学総括プロジェクト機構 国際建築教育拠点総括寄付講座SEKISUI HOUSE – KUMA LAB隈研吾建築都市設計事務所 2024年8月26日)
https://ut-iaep.net/activity/2024/event/kuma-jpn-arch/

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