本書は、Ulrich Lins, La danĝera lingvo: Studo pri la persekutoj kontraŭ Esperanto, Rotterdam: Universala Esperanto-Asocio, 2016の全訳である。副題が示すとおり、19世紀末に国際語として考案された言語「エスペラント」に対して様々な地域で発生した弾圧や迫害と、その苦難をくぐり抜ける過程で、エスペラント使用者たちの共同体で育まれ、実践されてきた文化や思想について記録した歴史書である。
著者のウルリッヒ・リンスはドイツ出身の歴史学者で、若くしてエスペラントを習得し、世界エスペラント協会を中心とする組織的運動の中核を担ったほか、エスペラントによる研究成果の発表も数多い。日本研究を自身のフィールドのひとつとしていることもあり、日本との縁も深い人物である。
本書の発端となったのも、京都で発行されていたエスペラント雑誌での連載 (1971~1973年) だった。この連載の増補版を、チェコ文学者の栗栖継が日本語訳したのが岩波新書の『危険な言語:迫害のなかのエスペラント』(岩波書店、1975年) で、日本語で読める貴重な文献のひとつとして参照されてきた経緯がある。
エスペラントとは、ユダヤ人眼科医のルドヴィコ・ザメンホフが1887年にワルシャワで発表した国際語である。ロシア帝国による支配と、ヨーロッパを覆っていた反ユダヤ主義という二重の経験の中で、ザメンホフは人類の分断を乗り越えるための手段としてエスペラントを考案した。
19世紀・20世紀転換期の西ヨーロッパを中心に始まっていた国際化の進展を背景として、もとより優れた設計を備えていたエスペラントは世界各地に使用者を広げていきながら、ザメンホフが言語に込めた理想主義や、時には共産主義やアナキズムなどの思想を、言語の壁を越えて伝播する役割を果たした。エスペラントの普及を目指す文化運動である「エスペラント運動」は、こうした動きを後押しする基盤として世界各地のエスペラント使用者たちによって支えられ、現在に至るまでその命脈を保っている。
本書は3部構成である。第1部では、エスペラントの誕生から第一次世界大戦前後のヨーロッパでの展開が、いわば前史として記述される。本論の中心を成すのは、第一次世界大戦以後 (とりわけナチズム期) のドイツでの状況を扱った第2部と、ソビエト連邦でのエスペラント運動の趨勢を叙述した第3部である。
一読して印象に残るのは、多くは無名の市民たちによる、ごくささやかな活動であるエスペラント運動に対して向けられた、権力者からの激しい敵意と警戒、そしてそうした感情に基づいて実行された弾圧の凄惨さである。著者は、ナチ・ドイツやソ連の公文書をはじめとした膨大なアーカイヴを精緻に読み込んでいきながら、その弾圧の背景にあった当局者の思想や動機を明らかにしていく。本文の整然とした論述はもちろん、本書全体の合計で1,400を越える註は、著者の長年にわたる資料調査の徹底ぶりを示している。
合わせて興味深く、また胸を打つのは、極限的な状況の中でも発揮された、エスペラント使用者どうしの人間的な連帯の姿である。エスペラント使用者たちは、組織的な運動が瓦解した後であっても、理不尽な迫害を受ける仲間を危険を冒してかくまい、収容所で秘密裏にエスペラントを学び、国際文通によって恐怖政治の実情を内密に伝えようとしていた。
それは、著者が結論でも強調しているとおり、国籍や民族という境界を自分から越え出ていこうとし、他者と対等で友好的な関係を結ぼうとする、エスペラントを学ぶ人たちの実践の根源にあるエネルギーと積極性の発露であったに違いない。こうしたエネルギーや積極性は、本書の記述にも反映されている。註を参照すると、迫害と弾圧の時代を生き延びた当事者からの聞き取りに基づく叙述が少なくないことに気づかされる。著者自身もまた、長年にわたりエスペラントを実用しながら、越境の実践とともに多様な他者たちとの関係を作り上げてきた人物であることが、本書の記述そのものからうかがえるのである。
エスペラント運動史という本書のテーマは周縁的にも感じられるかもしれないが、その内容は、幅広い読者の関心に応えてくれるはずである。平和運動をめぐる様々な思想課題や、言語と権力、ナショナリズム、レイシズムなどとの関係性といったより大きな主題に触れた記述は、本書のあちこちに登場する。20世紀ヨーロッパを中心とした、全体主義社会における民衆文化史、あるいは国際交流史として本書を捉えることもできるだろう。エスペラント学の基礎文献である本書が、かつての岩波新書版と同じように、多くの読者に参照されることを望みたい。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 助教 相川 拓也 / 2026)
本の目次
◆1 新しい言語に向けられた疑念
1-1 ザメンホフとエスペラントの誕生
1-2 帝政ロシアの検閲下で味わった産みの苦しみ
1-3 西欧への進出
1-4 エスペラントの思想的側面
1-5 第一次世界大戦以前に直面した障害
1-6 国際連盟におけるエスペラント
1-7 労働者と「中立主義者」
1-8 一九二〇年代の迫害
◆2 「ユダヤ人と共産主義者の言語」
2-1 ヴァイマル共和国におけるエスペラント
2-2 新たな敵の台頭
2-3 「均制化」
2-4 エスペランティストのナチ党員たち
2-5 禁止への道
2-6 エスペラントは単なる言語か
2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって
2-8 中立主義エスペラント運動を健全化した教訓
◆3 「プチブルとコスモポリタンの言語」
3-1 ソ連におけるエスペラントの繁栄
3-1-1 革命後の期待
3-1-2 SATとSEU――多元主義と統一戦線
3-1-3 エスペラントによる国際教育の取り組み
3-1-4 階級闘争の激化とエスペラントの「悪用」
3-2 分裂と終焉
3-2-1 無民族主義
3-2-2 SATの分裂
3-2-3 スターリン体制確立期におけるエスペラント
3-2-4 ソ連のエスペランティストの沈黙
3-3 社会主義と国際語
3-3-1 革命前の国際主義という問題
3-3-2 レーニンと民族問題
3-3-3 マルクス主義言語科学をめざして
3-3-4 エスペラント化に反対するスクリプニク
3-3-5 ロシア語論争
3-3-6 無益な空論
3-4 ソ連でエスペラントが死滅した理由
3-4-1 一九三七~三八年に何が起きたか
3-4-2 大粛清下のエスペランティスト
3-4-3 ソビエト愛国主義の出現
3-4-4 国際文通の成功と限界
3-4-5 文通の終焉
3-5 第二次世界大戦の後に
3-5-1 東欧における大いなる沈黙
3-5-2 スターリンのマル批判
3-5-3 時代の要請
3-5-4 運動の再生
3-5-5 東欧――問題を抱えつつも前進
3-5-6 ソ連――希望と疑いの間で
むすび
訳者あとがき
参考文献
関連年表
略語一覧
注
事項索引
人名索引
関連情報
千田俊太郎 (京大教授) 評 (『産経新聞』 2026年2月8日)
https://www.sankei.com/article/20260208-SKBTZMBHJVLIHFPOS2QEHCUM2U/
楊逸 (作家) 評「エスペラントの歴史から「言語とは何か」を考える」 (『エコノミスト』Online 2026年1月16日)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20260127/se1/00m/020/012000c
本の森 「危険な言語」ウルリッヒ・リンス著 石川尚志ほか4人訳 (『日刊ゲンダイDIGITAL』 2026年1月16日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/382895
平出隆 評 (『日本経済新聞』 2025年10月25日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD1565O0V11C25A0000000/
書籍紹介:
本・産業 (『中外日報』 2026年1月26日)
https://www.chugainippoh.co.jp/article/kanren/books/20260116-004.html
書籍『危険な言語――エスペラント弾圧と迫害の歴史』のご案内 (『東京外語会』 会員便り 2025年10月10日)
https://posts.gaigokai.or.jp/?p=4577
イベント:
[NEW!]『危険な言語』刊行記念トーク 境界をはみ出す声のゆくえ (ヨーロッパ研究所 2026年4月24日)
https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/event/eu20260424/

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