特にCOVID-19禍以降、専門家とかエビデンスとかいった言葉が、メディア等で多く聞かれるようになりました。この流れに沿って解釈すると、専門家とよばれる人々は、社会に対してエビデンスを供給することが求められるようになっています。「科学的に」「厳密な」「エビデンス」を提供する役割が社会の中でますます求められ、EBM (Evidence Based Management) といった、科学知を経営に活かす試みも着実に進んでいます。
さて、ところで、「科学的に」「厳密な」「エビデンス」とは何でしょうか。実は管見の限り、いずれも多義的で、統一的な意味で括ることが難しい言葉です。つまり、専門家の知見において厳密性が重要だ、と宣ったところで、厳密性という言葉自体が厳密ではないわけです。そして、本気でそういった多義的であいまいな言葉について学ぼうとすれば、学部の4年では十分であるとはいえず、最低でも博士前期課程に進学して学ぶことになるかと思われます。そうした背景を無視して専門家が簡便に伝えようとすればするほど、専門知は不正確になりえるジレンマが存在します。
本書の読者層は、学部生やビジネスパーソンの方を想定しています。「科学的に」「厳密な」「エビデンス」について十分に学ぶ時間が与えられないかもしれない方に、肝要なことについては知っていただくというスタンスの本です。かつ、そういった知を経営学の見地から紐解いていきます。具体的には、成果主義、官僚制組織、科学的管理法・経営科学といった、当たり前に使われるものの、その本義があまり知られていないような概念を中心として、経営学を実生活にどう活かしていくかという問いを念頭に置きながら、主要概念について解説していきます。
また本書では一貫して、「一見してシンプルで、当たり前のように思われる原理が、なぜ現実の社会では作用しないのか」について考えます。たとえば、「成果と報酬を連動させれば、従業員はみな成果を出すように動機づけされる」といったもの―いわゆる成果主義的な考え方―です。成果と報酬を連動させるというシンプルな制度は、少なくとも会社組織においては、実はそれ単体ではほとんど作動しません。それがなぜか、ということについて即答できないのであれば、あるいは網羅的に分析できている自信がなければ、ぜひ本書を手に取ってみてください。
もう一つの (裏) テーマは、経営学をはじめとする学問は、はたして「役に立つ」のかという点です。役に立つ学問が求められて久しく、みな役に立つかどうかを知りたがり、役に立たないことを嫌がります。しかしこの、役に立つとは一体何なのでしょうか。せっかくなら大学で役に立つ知識を学びたいと思っている方がいれば、そういったことを思索するための材料として、ご一読いただければと思っています。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 講師 舟津 昌平 / 2025)
本の目次
第1章 経営学にきいてみる
第2章 成果主義は虚妄だったのか?――条件思考のすすめ
第3章 官僚制は悪なのか?――両面思考のすすめ
第4章 経営科学は役に立つのか?――箴言思考のすすめ
終 章 科学と学者の使い方――科学でコミュニケーションする
関連情報
キーパーソンが語る“人と組織”「「エビデンス至上主義」からの脱却 人事の意思決定を変える、経営学の思考法」 (『日本の人事部』ホームページ 2025年4月7日)
https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/3744/
北野唯我×舟津昌平 経営学とビジネスのあいだ「AIは採用活動でも人に取って代わるのか」 (『日経BOOK PLUS』 2025年4月7日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032100488/032400004/
北野唯我×舟津昌平 経営学とビジネスのあいだ「嫌われている人のほうが仕事をしている」 (『日経BOOK PLUS』 2025年4月4日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032100488/032400003/
北野唯我×舟津昌平 経営学とビジネスのあいだ「麻雀が強い人は採用も強い」 (『日経BOOK PLUS』 2025年4月3日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032100488/032100001/
経営学は世の中にどう役立つか?(第1回)[経営学の技法] (『DIAMOND』online 2025年1月9日)
https://diamond.jp/articles/-/357133
経営学は世の中にどう役立つか?(第2回)[組織変革論] (『DIAMOND』online 2025年1月10日)
https://diamond.jp/articles/-/357184
経営学は世の中にどう役立つか?(第3回)[制度複雑性のマネジメントとZ世代化する社会] (『DIAMOND』online 2025年1月11日)
https://diamond.jp/articles/-/357233
書評:
丸山俊一 (NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/立教大学特任教授/東京藝術大学客員教授) 評「経営学は役に立つか?「専門の罠」を抜け出す思考」 (『東洋経済ONLINE』 2025年3月22日)
https://toyokeizai.net/articles/-/865587
清水剛 (東京大学大学院総合文化研究科教授) 評「「経営学の技法」の本質を知り、活用したい人が読むべき本」 (『日経BOOK PLUS』 2024年11月28日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/070600261/111900007/
書籍紹介:
「一冊入魂」著者が語る: 『経営学の技法 ふだん使いの三つの思考』を舟津昌平が解説 (『日経BOOK PLUS』 2025年7月17日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/111800158/062900080/
「旧態依然の官僚制度、なぜなくならないの?」 経営学者の回答は (『日経BOOK PLUS』 2024年12月4日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/112600441/112600003/
「日本企業の成果主義、なぜ失敗ばかりなの?」 経営学者の回答は (『日経BOOK PLUS』 2024年12月3日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/112600441/112600002/
「経営していないのに、なぜ経営がわかるの?」 経営学者の回答は (『日経BOOK PLUS』 2024年12月2日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/112600441/112600001/
まいにち「はじめに」 (『日経BOOK PLUS』 2024年11月15日)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032900009/102600740/

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