橋の使命は、河川や渓谷などの自然の障害物を越えたり、市街地の高度利用のために道路や鉄道を跨いだりして、人々や車両の安全な通行を可能にすることです。私たちは日常的に何気なく橋を利用していますが、改めて目を向けてみると、その形態や材料は規模や立地条件に応じて実に多様であることに気づきます。桁橋、トラス橋、アーチ橋、斜張橋、吊橋……。さらに注意深く観察すると、同じ構造形式であっても部材の形状や接合方法が異なり、まるで人が名前と個性を持つように、橋にも名前があり、控えめながらも確かな個性を備えていることがわかります。では、設計者はどのようなことを考え、どのようなプロセスを経て橋を設計しているのでしょうか。
本書では、こうした疑問に応えるべく、橋梁建設に携わる実務者および研究者8名が、それぞれの言葉で橋づくりについて語っています。橋は丈夫で長寿命であることが求められますが、単に機能を満たせばよいというものではありません。百年以上にわたり使われ続ける社会資本ですから、常に安心して快適に渡れ、その土地の環境や風景に調和した形態であることが重要です。さらに、多くの場合、当時の技術成果を反映した合理性や新規性も求められます。こうして人々に長く使われるうちに、橋はやがて地域を象徴するシンボルとして認識されるようになるのです。
こうした橋づくりの要点は、設計思想・設計哲学を持つことにあります。これは、機能性・安全性・耐久性を担保するための設計基準とは異なり、「どのような橋であるべきか」を定める行為であり、言わば「橋の個性」の源泉です。世界的にはこのプロセスを「コンセプチュアル・デザイン」と呼び、学会の主要テーマにもなっていますが、橋梁技術者によってその定義は微妙に異なるのが現状です。
本書はオムニバス形式を採っており、執筆者によって定義や表現方法に違いはありますが、橋づくりの初期段階に構想を練ることの重要性については、共通して強調されています。
なお、本書は、若くして逝去された増渕基博士と親交のあった8名の橋梁技術者によって執筆されました。増渕博士は日本の大学を卒業後、橋の未来像を求めてスウェーデンとドイツで学び、ドイツの設計事務所に在籍中に数多くの橋を手がけました。その経験を日本で生かそうと帰国を決意した矢先、不慮の事故に遭われました。
彼は常々、「日本には優れた橋があるのに、その設計思想を解説した書籍が少ない」と語っていました。確かに「用・強・美」を兼ね備えた優れた橋を目指すには、各技術者が自身の価値観や思考過程を明らかにし、空間形成や形態操作の方向性を語り、広く議論を交わすことが不可欠です。そこで、彼が探求していた「橋の構造芸術」を日本の橋梁界の皆様に、特に若い技術者や土木・建築を学ぶ学生諸君に伝えたいとの思いから、『橋をデザインする』と題する本書をまとめました。
最後に、建築家で東京大学名誉教授の内藤廣先生より、次の推薦文をいただいております。
『橋は文明が勝ち得た偉大な技術であると同時に文化だ。だから、美しい橋は人を幸せにする。美しい橋は人の人生を彩る。そんな橋の作り方がここには書かれている。(内藤 廣)』
(紹介文執筆者: 工学系研究科 名誉教授 藤野 陽三 / 2025)
本の目次
橋とは/構造物としての橋/橋の役割/本書のねらうところ
第1章 橋は文化を創る(畑山 義人)
1-1 橋づくりへの招待
1-2 形を決める論理
1-3 設計思想のバックボーン
1-4 文化の形成に向けて
第2章 力学と設計の基本(佐藤 靖彦)
2-1 破壊から学ぶ
2-2 力学と設計のつながり
2-3 限界状態設計法が世界の主流
2-4 コンクリート構造の理解の突破口
2-5 ライフタイムデザインのすすめ
2-6 夢を与えられる橋の実現に貢献する構造設計
第3章 つくり方から橋をデザインする(久保田 善明)
3-1 橋のかたちを決めるもの
3-2 橋梁形式と施工プロセスの関係
3-3 つくり方から橋をデザインする
3-4 橋の持続的デザイン
第4章 未来を拓く設計を目指して(松井 幹雄)
4-1 より良き未来のために
4-2 歴史から学ぶ—時代背景から創造のヒントを摑む—
4-3 場所の履歴から引き出す—富山大橋架け替えの事例—
4-4 対比で考える—築地大橋の事例—
4-5 設計競技で鍛える—各務原大橋の事例—
4-6 デザインプロトタイプをつくる
第5章 価値の再発見(八馬 智)
5-1 インフラストラクチャーのデザインのとらえ方
5-2 インフラストラクチャーを取り巻く環境の変化
5-3 歴史的名橋に見るデザインの拠り所
5-4 拡張する橋の役割
5-5 橋の価値を育むために
第6章 橋のコンセプチュアルデザイン(春日 昭夫)
6-1 橋梁デザイナーとは
6-2 橋のデザインプロセス
6-3 橋の美の三要素
6-4 橋のデザインの基本
6-5 橋のデザインの本質
6-6 橋のデザインの要諦
6-7 適切なコンセプチュアルデザインの要件
6-8 適切なコンセプチュアルデザインの事例
6-9 ヨーロッパと日本の橋のデザインの違い
6-10 日本における建築家と橋梁デザイナーの違い
6-11 日本の橋梁デザイナーの処方箋
6-12 売れるデザインを目指して
終 章(安江 智)
増渕 基と「橋の美」/世界から学ぼう/「文化技術論」に学ぼう/実践しよう
推薦図書
執筆者紹介
関連情報
令和7年度土木学会出版文化賞 (土木学会 2026年5月18日)
https://committees.jsce.or.jp/pub_prize/R07
書籍紹介:
ゲスト:松井幹雄さん (ドボクのラジオ (ドボラジ 2025年7月16日)
https://doboradi.jsce.or.jp/2025/07/17/b-383/
橋をデザインする (はちまドボク | 2023年3月19日)
https://hachim.hateblo.jp/entry/2023/03/19/195423
書籍のご案内「橋をデザインする」 (大日本ダイヤコンサルタント株式会社(DNHDグループ)|広報室 | note 2023年2月28日)
https://note.com/ne_pr/n/n4afb6082f772
(A-Forumホームページ)
https://a-forum.info/book/book.html
シンポジウム:
公益社団法人土木学会 令和3年 シンポジウム「世界に誇れる日本の橋のデザインとは」 (公益社団法人土木学会 景観・デザイン委員会 2021年12月10日)
https://committees.jsce.or.jp/cprcenter/node/343
関連記事:
増渕 基の論考: スパン35メートルからのデザイン・ブログ
https://span35m.blogspot.com/

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