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書籍名

歴史の本棚

著者名

加藤 陽子

判型など

256ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2022年8月17日

ISBN コード

978-4-620-32749-5

出版社

毎日新聞出版

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歴史の本棚

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まず、タイトルに含まれる言葉「歴史」について説明しよう。漢字文化圏での「歴」は、軍功を重ねること、あるいは権力=暴力の象徴などを意味するといい、「史」は、祭事=政事を記録するもの (者) を指すという。一方、イギリス近世・近代史の専門家で、E・H・カー『歴史とは何か』新訳を2022年に刊行した近藤和彦によれば、英語における「歴史」の意味としては、(1) 出来事や現象についての語り、表現、研究という意味と、 (2) 過去の事象及びその関連という、若干意味の異なる二つの語義があるという。過去に起こった出来事という、一般的に理解されるところの歴史の意味、昔の出来事という意味あいは、比較的新しい使用例だという。この本の書き手である私の専門は1930年代日本の軍事と外交であり、東西の知見から判明する「歴史」の原義と引き比べたとき、本来的な意味での歴史を研究してきたと、改めて気づかされる。
 
本書は、歴史を学び、歴史書を叙述してきた著者が「推す」本を集めた書評集といえる。書評を発表した媒体によって、書評は三種に区分できるだろう。第一のカテゴリーは、最も数が多いもので『毎日新聞』今週の本棚欄に掲載された書評である。第二のカテゴリーとして、今は廃刊された月刊誌『論座』(朝日新聞社) に「新・文庫主義」として連載した10の書評が収録されている。第三のカテゴリーとしては、他の研究者が書いた単行本の解説として執筆を依頼されたもの、やや長めの分量でまとめた研究動向、没した歴史作家の仕事をまとめて紹介した記事などをまとめて収録した。
 
目次からも明らかなように、本書は内容に従って構成されており、それは、国家、天皇、戦争、歴史、人物と文化、の五つの章に分けられて配置されている。2007年から22年まで15年間にわたって書かれた書評だ。最も古い時期にあたる2007年7月に書いた書評は、第二次世界大戦の敗戦後の東大総長となった南原繁が戦中期に詠んだ短歌集『形相』についてのものだ。1945年8月15日、予め録音された終戦の詔書を読み上げる天皇の声。
 
この声をどこでどのように聞いたかによって、その人の戦中の姿と戦後直後の姿が想像できた時代が戦後、確かにあった。東京帝国大学は終戦時、詔書を詠む天皇の声を、安田講堂で教職員に聞かせていた。南原はその回顧録『聞き書 南原繁回顧録』中で、安田講堂で声を聞いた時の体験を語っていた。
 
南原は「天皇のあの声、私は初めて聞いたのですけれども、〔中略〕一種の抑揚があって、私はあれはいいと思った。私は聞きながら、その天皇の心情を思って、やっぱり涙が出たですよ」と述べている。こう述べていた南原は戦中をどう生きていたのか。それがわかるのが『形相』であり、南原はこの本のまえがきで「短歌によって生きていた」と書く。二・二六事件と敗戦で区切られる1936年から45年に詠まれた短歌は、寂しく暗い気持ちを詠んだものが多い。それは、戦争が不法であること、また無謀であること、負けるにきまっていることがよくわかっていた人々の孤独だった。この南原の短歌集を扱った書評からわかるように、本書は、近代日本の戦争を実際に生きた人々の声が綴られた本を多く選んでいる。史料と研究書を読むこととは異なる経路で戦争を学ぶこともできると考える。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 加藤 陽子 / 2025)

本の目次

はじめに
I 国家 国家の役割―個人のために国家は何をなすべきか
II 天皇 天皇という「孤独」―戦後史からひもとく天皇の役割
III 戦争 戦争の教訓―人は過去から何を学び取ったのか
IV 歴史 歴史を読む―不透明な時代を生き抜くヒントを探す
V 人物と文化 作品に宿る魂―創作者たちが遺した足跡をたどる
おわりに
初出一覧
 

関連情報

自著解説:
書き手:加藤 陽子「読む前と後で、風景が違って見えてくる」 (『ALL REVIEWS』 2022年10月7日)
https://allreviews.jp/review/5961
 
書評:
平山周吉 (雑文家) 評 「昭和史の名著 意義明らかに」 (『東京新聞』 2022年10月2日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205772
https://www.bookbang.jp/review/article/741733
 
書籍紹介:
おすすめ読書館 (『西日本新聞』 2022年11月11日)
https://www.nishinippon.co.jp/item/1013512/

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