東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

非二元的な性を生きる 性的マイノリティのカテゴリー運用史

著者名

武内 今日子

判型など

360ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2025年3月20日

ISBN コード

9784750359120

出版社

明石書店

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

非二元的な性を生きる

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Xジェンダーやノンバイナリーといった、男女に当てはまらない非二元的な性のカテゴリーは近年知られるようになってきた。しかし、こうしたカテゴリーがいつどのように用いられてきたのかを辿ろうとすると、とくにノンバイナリーが知られていく2010年代後半よりも前のことは、意外なほど情報が少ないと気づくだろう。
 
本書は、1990年代以降の日本で非二元的な性のカテゴリーが用いられてきた歴史を、性的マイノリティに関するミニコミ誌やインターネット上のテクスト、インタビューデータなどさまざまなテクストに基づいて明らかにした研究である。このとき必要だったのは、性別二元論やさまざまな規範との関係で非二元的な性を判断するふるまいの一歩手前で、それぞれのカテゴリーがどのように用いられ、それによって人びとが何をおこなっているのかをその文脈とともに丁寧に記述していくことだ。
 
したがって本書では、「トランスジェンダー」「性同一性障害」「インタージェンダー」「中性」「無性」「不定性」「FtX」「MtX」「Xジェンダー」「ノンバイナリー」などの様々な概念や、それらが用いられていた居場所をたどっていくが、その歴史はある概念から別の概念へのわかりやすい変遷ではない。たとえば現在忘れられている「インタージェンダー」は、90年代末に一時期用いられたのち、ホームページや匿名掲示板で別の意味づけのもとで登場するし、「Xジェンダー」の用いられ方は、同じ語でもそれぞれの場によって異なっている。文脈が引き継がれていることもあれば、途切れて別の意味づけが付与されていることもある。こうした複層的な意味づけに着目してこそ、特定の概念のもとで自己を位置づけることがどのような経験をもたらしているのかも、より緻密に理解することができるのである。
 
なお本書は副題を、(非二元的な性だけでなく) 性的マイノリティのカテゴリー運用史としている。非二元的な性を生きる人びとは同性愛者・両性愛者のコミュニティにも時に葛藤を抱えながら属してきたし、性的マイノリティに関する概念整理は非二元的な性の位置づけに影響してきた。そのため本書はひろく性的マイノリティに関心のある人にひらかれているほか、曖昧な定義をもつカテゴリーがどのように用いられているかが気になる人にも読んでいただけたら幸いである。
 
最後に、かすかな痕跡をたどる本書の記述を支えたのは、多くの協力者たちの尽力である。先行するよく知られた概念に違和を抱え、居場所のなさにもがき、「運動」「活動」の場を行きつ戻りつしてきた入り組んだ歩みが多くの人に知られてほしい。本書はカテゴリーの運用に着目しているが、索引には一部の協力者の名があり、人生の長いスパンにおけるカテゴリーの位置づけや活動の変遷をたどることもできる。協力者の一人は、「多くの方々にとって『自分の軌跡を確かめられる』ような大切な記録になるはず」だと本書を評してくださった。同じ場を通過した人もすれ違ってきた人もいるだろうが、本書が非二元的な性を生きる人びとの過去とそれぞれの仕方で皆さんが連なり、自己や二元的に成り立つ社会を顧みる契機となることを願っている。
 

(紹介文執筆者: 武内 今日子 / 2025年9月8日)

本の目次

はじめに

第1章 序論―ジェンダー非順応な人びとのカテゴリーを問いなおす
 1.1 ジェンダー非順応な人びとを表すさまざまなカテゴリー
 1.2 ジェンダー非順応な人びとをめぐる社会的処遇の定まらなさ
 1.3 カテゴリーをめぐるコンフリクト
 1.4 本書の目的と構成
 
第2章 先行研究の検討と問いの所在
 2.1 ジェンダー非順応な人びとをめぐるカテゴリーと性規範
  2.1.1 性的マイノリティの運動におけるカテゴリーをめぐる規範的主張
  2.1.2 ジェンダー非順応な人びとの間でのカテゴリー運用と性別二元論
 2.2 カテゴリーのもとで自己定位する多様な実践
  2.2.1 性別二元論を前提とするカテゴリーの多義的な運用
  2.2.2 非二元的な性自認をもつ人びとを対象とする研究
 2.3 ジェンダー非順応な人びとに関する歴史的研究
 2.4 本書の視座
 
第3章 調査の概要と分析方法
 3.1 分析対象とする文献資料
  3.1.1 性的マイノリティ専門誌の概要
  3.1.2 インターネット上のテクストの調査
 3.2 インタビュー調査の概要
 3.3 分析方法と多様な資料の位置づけ
  3.3.1 分析方法
  3.3.2 多様な資料から明らかにしうること
 
第4章  二元的な性の自明視と、「オーバージェンダー」「インタージェンダー」―1990 年代のミニコミ誌を中心に
 4.1 性を理解する諸概念の導入―「同性愛者」による活動を中心に
 4.2 男性学の文脈における「トランス・ジェンダー」をめぐる実践
 4.3 「TV」「TS」「TG」の定着―文脈による意味づけの違いに着目して
  4.3.1 女装交際誌『くいーん』における「TV」「TS」「TG」
  4.3.2 GID医療化の運動における「TS」「TG」の運用―『FTM日本』の語りを中心に
 4.4 「オーバージェンダー」「インタージェンダー」はいかに用いられたか
  4.4.1 嶋田啓子による「オーバージェンダー」の自己カテゴリー化
  4.4.2 三橋順子による「インタージェンダー」の造語とその影響
 
第5章  GID 概念の導入と「FtX」「MtX」による性別移行の規範への抵抗―1990 年代末の関西のグループに着目して
 5.1 GID概念に基づくガイドライン策定と性別移行をめぐる規範
  5.1.1 「TS」は「障害」なのか
  5.1.2 性別移行をめぐる規範
 5.2 G-FRONT 関西における「X」の名乗り (1) ―「バイセクシュアル」をめぐる主張
  5.2.1 G-FRONT関西の状況
  5.2.2 「バイセクシュアル」のもとでの性別二元論批判
 5.3 G-FRONT 関西における「X」の名乗り (2) ― 森田真一をめぐる多層的な語り
 5.4 G-FRONT 関西における「X」の名乗り (3) ― 自助グループにおける実践
 
第6章 GID 概念の普及と関西を越えた「X」の多義的な意味づけ―2001年頃から2010年頃における当事者活動から
 6.1 特例法制定前後における当事者活動
  6.1.1 戸籍上の性別変更をめざす活動とジェンダーフリー
  6.1.2 特例法制定とその後の活動の展開
 6.2 GID 認知の拡大のもとで生じる「X」を名乗る困難
  6.2.1 「 GID」という“アイデンティティ”の顕在化とそれに対する批判・葛藤
  6.2.2 “GIDブーム” 期における「X」を名乗る困難
  6.2.3 関西におけるセクシュアリティを語るグループでの活動
 6.3 インターネット上での交流を契機とした「X」が名乗られる場の拡大
  6.3.1 ホームページ(HP)における非二元的な性の諸概念
  6.3.2 mixiにおける非二元的な性の「コミュニティ」
  6.3.3 匿名掲示板における「X」を掲げた「スレッド」
  6.3.4 「SNSコミュニティ」での未治療「FtX」
 
第7章 「Xジェンダー」「ノンバイナリー」の普及と当事者間でのカテゴリー化―2010 年代における当事者活動から
 7.1 FtX当事者像の変質―「MaX.」における活動を中心に
 7.2 「X ジェンダー」をめぐる当事者間でのカテゴリー化―2010年~2015年頃の匿名掲示板とTwitterにおける議論から
  7.2.1 二元的ジェンダーからの「逃げ」としての「X」
  7.2.2 GID医療の利用と「X」
  7.2.3 「Xジェンダー」の定義づけへの批判
 7.3 非二元的な性を表すカテゴリーの社会的認知の拡大
  7.3.1 Xジェンダー当事者団体による情報発信
  7.3.2 「Xジェンダー」「ノンバイナリー」等の複数の意味づけ―インターネット記事と匿名掲示板から
 7.4  当事者活動における「X ジェンダー」「ノンバイナリー」の承認と脱ジェンダー
  7.4.1  非二元的な性を生きる人びとが参加するグループの状況
  7.4.2 「Xジェンダー」「ノンバイナリー」としての承認と脱ジェンダー化
 
第8章 未規定な性のカテゴリーによる自己定位―社会的文脈による語りの差異に着目して
 8.1 経験の再解釈―非二元的な性解釈の可能性
  8.1.1 さまざまな所属を経た非二元的な自己の表現
  8.1.2 「Xジェンダー」による経験の解釈
 8.2 認識上の切断―他のカテゴリーからの差異化
  8.2.1 「トランスジェンダー」の下位カテゴリーとしての「FtX」
  8.2.2 「トランスジェンダー」からの自己の差異化
 8.3 便宜的な名乗り―カテゴリーの曖昧さの重視
  8.3.1 曖昧なカテゴリーとしての「Xジェンダー」
  8.3.2 暫定的な居場所
 8.4 政治的主張の根拠―カテゴリーの意味の厳密化
 
第9章 結論―非二元的な性のカテゴリーが可能にした実践の変遷
 9.1 本書で論じたこと
 9.2 先行研究に対する貢献
  9.2.1 非二元的な性のカテゴリー運用の30年史
  9.2.2  非二元的な性のカテゴリーに関連する諸カテゴリーの定着とその帰結
  9.2.3 未規定な性のカテゴリーが可能にした自己定位の実践
 9.3 今後の課題と展望
 
おわりに
 
資料編
1 性的マイノリティ専門誌
2 mixiコミュニティ
3 mixiトピック
4 Togetter
5 匿名掲示板スレッド
6 インターネット記事
 
文献
索引

関連情報

受賞:
第5回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2024年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
まえがき:
「Xジェンダー」や「ノンバイナリー」はどのように用いられてきたのか?――武内今日子『非二元的な性を生きる』 (『じんぶん堂』 2025年4月9日)
https://book.asahi.com/jinbun/article/15693748
 
著者インタビュー:
ノンバイナリー、Xジェンダー、etc.——非二元論的な性を生きる人々がどういう言葉で自分を語ってきたか(社会学者 武内今日子) (瀬戸マサキ | YouTube 2025年6月10日)
https://www.youtube.com/watch?v=BMb_8eOobtI
 
性別は「男と女」だけじゃない。ノンバイナリー、Xジェンダー…当事者の声と活動史から紐解く多様な性のあり方と「誰もが生きやすい」未来|社会学者・ジェンダー研究者 武内今日子 (LIFULL STORIES 2025年5月29日)
https://media.lifull.com/crossviews/20250529167/
 
エッセイ:
SGRAかわらばん エッセイ750:武内今日子「『研究者』を続けること」 (渥美国際交流財団関口グローバル研究会 2023年11月3日)
https://www.aisf.or.jp/sgra/combination/sgra/2023/18901/
 
書評:
今月のブック・ガイド 佐々木掌子 (明治大学 准教授) 評「性の位置付けに一石を投じる」 (『現代性教育研究ジャーナル』173号 2025年8月15日)
https://jase.faje.or.jp/jigyo/kyoiku_journal
 
吉野靫 「非二元的な性の新たなカテゴリーを模索する実践――厚い記述によって描き出す」 (『図書新聞』3700号 2025年8月16日)
https://toshoshimbun.com/news_detail?article=1754541625595x730927716868554800
 
新刊コーナー (『綴葉』No.440 2025年8月10日)
https://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/images/teiyo-440.pdf

イベント:
関西学院大学人権教育研究室指定研究「SOGIEと人権」第1回公開研究会
ノンバイナリー差別と抵抗の歴史をたどる (関西学院大学 2025年6月19日)
https://www.kwansei.ac.jp/cms/kwansei_r_human/pdf/event/kenkyuukai/2025%E6%8C%87%E5%AE%9A%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%85%AC%E9%96%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A_%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%81%A8%E6%8A%B5%E6%8A%97%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%82%92%E3%81%9F%E3%81%A9%E3%82%8B.pdf

History of Nonbinary Gender Identities in Japan (Guest: Kyoko Takeuchi, author of _Living Nonbinary: A History of the Categorization of Gender/Sexual Minorities_)  (ProgrezTribe 2025年6月15日)
https://progreztribe20250615.peatix.com/

セクシュアルマイノリティと 医療・福祉・教育を考える全国大会2025
分科会9非二元的な性を生きる:名乗りと居場所作りの歴史 (セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会2025実行委員会 2025年2月8日)
https://sites.google.com/view/sekumaitaikai2025/sessions
https://www.youtube.com/watch?v=kD_bOkRcx3M