東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

白い表紙に斜めのグレーの線

書籍名

志向性の基礎 『論理学研究』におけるフッサールのメタ意味論

著者名

葛谷 潤

判型など

272ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2025年2月20日

ISBN コード

9784771039063

出版社

晃洋書房

出版社URL

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志向性の基礎

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本書は、現象学の祖として知られるドイツの哲学者エトムント・フッサール初期の主著『論理学研究』 (1900/1901) に対する、ある誤解を解くものである。その誤解とは、一言で言ってしまえば「フッサールは「劣化版フレーゲ」に過ぎない、というものである。
 
ここで「フレーゲ」とは、フッサールとほぼ同時代のドイツの数学者・論理学者・哲学者ゴットロープ・フレーゲのことである。彼は現代の数理論理学の基礎を打ち立て、言語分析において現在も標準的な枠組みの一つとされる理論 (いわゆる「フレーゲ意味論」) を提示したことなどから、現代哲学の主潮流の一つである分析哲学の起源にしばしば位置付けられる人物である。
 
さて、フレーゲ研究の大家として知られるマイケル・ダメットは、フレーゲとフッサールの理論を比較したうえで、次のような診断を下した。「私たちは、フレーゲの理論にまともに対抗出来るような理論を、彼[=フッサール]の著作から引き出すことは出来ない」。このような見解は (一部の例外を除き) 分析哲学における「定説」と言ってよいだろう。本書が「誤解」と呼ぶのは基本的にはこのような見解のことである。
 
とはいえ、この誤解は容易に一蹴できるようなものではなく、むしろ言語や心の働きに関するある洞察に支えられたものである。実際、フレーゲ意味論に対抗できるようなフッサール流の意味論というものは、存在しない。この側面だけ見る限り、フッサールは「劣化版フレーゲ」である。この事実に向き合ったうえで、フッサール哲学の真に革新的な部分を取り出すことが、この批判に応答するために必要である。しかし、従来のフッサール研究者はダメットの批判に適切に応答できていないだけでなく、そもそも適切に理解できてすらいなかった。
 
本書は、ダメットの批判に応答するための鍵として、「メタ意味論」と呼ばれる分野の知見を援用する。メタ意味論とは、意味論から区別される独自の分野として近年広く認識されるようになった学問領域であり、その主な目的は、意味論が記述する事実を、より基底的な事実によって説明することである。言葉や思考の認知的な働きを指す言葉として哲学ではしばしば「志向性」という用語が用いられるが、この用語で表現するなら、意味論とは志向性を記述する理論であり、メタ意味論とは志向性の成立を基礎づける事実を記述する理論である。この意味論とメタ意味論の区別を踏まえて『論理学研究』を解釈することで、実はフッサールは意味論的探究からメタ意味論的探究を明確に区別したうえで、後者に取り組み、具体的な理論を展開していたことがわかる。そしてこの点にこそ、フレーゲと異なるフッサール『論理学研究』の哲学史上の意義がある。この点で、フッサールは「劣化版フレーゲ」ではない。本書はこのように論じる。
 

(紹介文執筆者: 葛谷 潤 / 2025年9月1日)

本の目次

導 入
 思考の原理の探求としての「学問論」
 現象学と分析哲学:思考に関する二つの研究潮流
 本書の構成

第1章 ダメットのフレーゲ解釈とフッサール評価
 第1節 ダメットのフッサール批判の基本構造 
 第2節 文中心テーゼ
 第3節 情報・表象・主張
 第4節 意味論と意味論的値
 第5節 真理と主張に関するダメットの見解
 第6節 フレーゲの指示概念と意味論的値
 本章のまとめと次章以降の課題

第2章 フッサールの対象概念と意味論的値
 第1節 フッサールの対象概念
 第2節 名辞および文以外の「対象」は何か
 第3節 指示の理論なしの意義の理論?

第3章 意味論の基礎
 第1節 基礎意味論とは何か
 第2節 識別能力解釈
 第3節 意味論と基礎意味論
 本章のまとめと次章以降の課題

第4章 『論理学研究』における基礎意味論
 第1節 フッサールの表現分析
 第2節 『論理学研究』における真理観
 第3節 充実化手続きとしての意味
 第4節 「独立性・非独立性」再訪

第5章 『論理学研究』と意味の神話
 第1節 第三領域の神話と基礎意味論
 第2節 意義を独立自存だとみなすとはいかなることか
 第3節 カテゴリー錯誤とは何か
 第4節 カテゴリー錯誤と神話
 第5節 意義のカテゴリー錯誤はいかにして生じるか
 第6節 意味のスペチエス説

第6章 『論理学研究』の「現象学」
 第1節 メタ意味論的探求としての現象学と狭義の現象学
 第2節 狭義の「現象学」とその課題

結 語

付録A 意味論・形而上学・理解の理論
 

関連情報

受賞:
第5回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2024年) 
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html