21世紀に入ってから中国の経済力が急速に高まり、その製造業の規模は2024年時点でアメリカより6割多く、日本の5倍以上となっている。中国のこのような産業力の高まりは、中国政府が産業政策を強力に推進してきた結果ではないかという見方をする人が多い。日本やアメリカでは中国の動きに刺激されて、政府が半導体産業に巨額の補助金を出して育成しようとしている。果たして中国の産業政策をどうとらえたらいいのだろうか。産業政策が中国の産業力の強化をもたらしたという見方は正しいだろうか。
中国の産業政策を丹念に追っていくと、実は失敗していることが多い。例えば、中国の鉄鋼生産は世界の半分以上を占めるほど多いことから、欧米では中国の鉄鋼業が伸びたのは産業政策のためだとみられている。ところが、21世紀に入ってからの中国の鉄鋼業の産業政策では生産の伸びを抑えることがほぼ一貫した目標であった。鉄鋼業の成長は、産業政策のおかげで起きたのではなく、産業政策に反して起きたことなのである。鉄鋼業の産業政策の重要なテーマは大手国有企業を中心に業界を集約化することであった。ところが、大手国有企業の産業内でのシェアはどんどん下がり、民営鉄鋼企業が成長していった。なぜ産業政策において冷遇されつづけた民営鉄鋼企業が急成長できたのか、本書ではその謎を解明した。
中国政府は2014年に半導体産業を育成するために国家投資ファンドを設立した。それに続いて各地の地方政府も半導体産業育成のためのファンドを設立し、国を挙げて半導体産業に力を入れているように見えた。ただ、これらのファンドの投資の実態を見ると「竜頭蛇尾」と言っていいほど当初の発表と実態が異なる。しかも、投資ファンドが多額の投資をした国策企業のエースは倒産してしまった。
産業政策が成功した分野ももちろんある。2010年からの電気自動車 (EV) 育成政策は大成功したし、液晶パネル産業は各地の地方政府による巨額の投資により、世界一の規模に拡大した。太陽電池産業は、当初中国政府は振興するつもりはまったくなかったが、企業家たちの熱意と一部の地方政府の支援によってたちまち世界一の規模に拡大し、欧米との貿易摩擦によってトップメーカー数社が倒産した。中国政府は苦境に陥った自国の太陽電池メーカーを救うために国内での太陽光発電所の設置を予定よりも大幅に繰り上げて推進した。政策にはいろいろな問題があったが、中国の太陽電池産業も太陽光発電も圧倒的な世界シェアを獲得している。
総じていえば、中国政府の産業政策は当該産業の製品やサービスに対する需要の創出に意を注いだ場合に成功する。中国経済の目下の最大の問題は内需の不足である。需要の創出が産業発展を成功に導くとすれば、政府が今取り組むべきは内需不足の解消に力を注ぐことであり、産業政策はその役割を終えつつあるのではないか、と論じてこの本は終わる。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 丸川 知雄 / 2025)
本の目次
1 産業政策の定義
2 幼稚産業保護論
3 保護関税と国有企業以外の手段による産業振興
4 先進国における産業政策の劇的復活
おわりに
第1章 産業政策の展開
1 分析対象の特定と先行研究
2 改革開放前期の産業政策
3 産業政策の消極化
4 主導権の獲得を目指す産業政策
5 戦略的新興産業と「中国製造2025」
6 腰砕けになった「中国製造2025」
7 2006年以降の産業政策の効果
おわりに
第2章 地方政府の産業政策
—— 5カ年計画のテキスト分析
はじめに —— 数値から言葉へ
1 産業政策のテキスト分析
2 5カ年計画における産業政策の解読
3 地方5カ年計画の外形的比較
4 産業のライフサイクルと産業政策の言葉
5 産業政策の言葉が持つ効果
おわりに
第3章 移動通信産業
—— 技術の主導権の獲得
はじめに
1 移動通信の国際政治経済 —— 第1世代から3Gまで
2 移動通信産業に対する中国の取り組み
3 4Gと5G
おわりに
第4章 半導体産業
—— 企業家国家から投資家国家へ
はじめに
1 「開発国家」を分類する枠組
2 中国の半導体産業政策の展開
3 国家IC産業投資基金による投資とその効果
おわりに
第5章 自動車産業
—— 幼稚産業育成の失敗から比較優位の獲得へ
はじめに
1 迷走する国家投資 —— 1950~70年代
2 外国自動車メーカーの誘致と国有企業の「地主」化
—— 1980~90年代
3 産業政策空白期の成長と新たな産業政策 —— 2000年代
4 EV産業政策の効果 —— 2010年代以降
おわりに
第6章 鉄鋼業
—— 産業政策によって鉄鋼超大国になったのか
はじめに
1 産業政策が鉄鋼超大国化をもたらしたのか
2 鉄鋼メーカーの競争力
おわりに
第7章 再生可能エネルギー
—— 製造大国から利用大国へ
はじめに
1 先行した太陽電池産業の成長
2 国内の再エネ需要の創出
3 棄風・棄光問題
4 フィードインタリフの調整
5 二酸化排出ゼロへの邁進
6 再エネ設備産業の現状
おわりに
第8章 液晶パネル産業
—— 企業家としての地方政府
はじめに
1 日韓台競争時代
2 中国企業の台頭
3 地方政府の支援
4 液晶パネルの上流と下流
おわりに
終 章 未来産業に産業政策は必要か
参考文献
あとがき
図表一覧
索 引
関連情報
シリーズ「2026~2030 年の中国を読み解く」[2] 東京大学・丸川知雄教授に聞く (『CGTN』 2025年11月12日)
https://japanese.cri.cn/2025/11/12/ARTI1762929054661842
寄稿:
再エネ先進国としての中国 (『地平』 2026年6月10日)
https://chihei.net/?author=310
特集 あたらしい中国 第7回 / 全8回 (『WWD Japan』 2025年10月24日)
東大教授が見た「SHEIN村のリアル」 中国産業政策研究の第一人者、丸川知雄教授が特別寄稿
https://www.wwdjapan.com/articles/2246320
書評:
小林拓磨 (松山大学) 評 (『比較経済研究』63巻1号p.1_58-1_62 2026年)
https://doi.org/10.5760/jjce.63.1_58
稲田光雄 評 (『中国経済・経営学ジャーナル』第9巻 第2号p.49-55 2025年10月31日)
https://doi.org/10.50865/jcems.9.2_49
大西広 評 (『経済』Np.360 2025年9月号)
https://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/detail/id/62509
書評 (『外交』第91号、2025年5月)
http://www.gaiko-web.jp/archives/5660
本よみうり堂: 岡本隆司 (歴史学者・早稲田大教授) 評 (『読売新聞』 2025年5月2日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/reviews/20250428-OYT8T50062/
イベント:
丸川知雄著『中国の産業政策』合評会(ハイブリッド) (東京大学社会科学研究所中国学イニシアティブ 2025年5月17日)
https://sinology-initiative.com/information/2578/

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