本書が刊行される前後で、留学生をめぐる問題が「政治化」しました。2025年6月、米国のトランプ政権がハーバード大学に留学生受け入れを認めないと発言したことから、東京大学を含む日本のいくつかの大学が受入れ表明をしました。2025年7月の参議院選挙では、日本人ファーストを掲げる政党が躍進しましたが、そこでは「留学生は奨学金で優遇されている」といった声が多く聞かれました。ところが残念ながら、こうした議論の多くは受け入れる側の事情を説明しているだけで、肝心の留学生が何を考え行動をしているかについて、ほぼ完全に無視してしまっています。
留学生を含む人や組織が国境を越えて移動するには、それなりの動機が必要です。動く側だけではありません、動いてくる人を受け入れる人や組織にも、これを受け入れる理由・事情があります。国境を越えて移動する人とこれを受け入れる人の思惑が一致し、それぞれが自らの目標を達成させるために行う相手との協働を交流と表現すれば、交流はきわめて人間的な営みであるはずです。
交流というと親睦をイメージするかもしれませんが、それだけではありません。交流は英語でexchangeと表現され、より多くの資源の交換が前提とされています。政治家が相手国に行って二国間関係をめぐる懸案を議論するのも、ビジネスマンが対外投資にために相手国にいくことも、また学生が学知を獲得するために短期・長期の留学をすることも、すべて交流の範疇に入ります。ところが政治家の交流を扱う学問は政治学、ビジネスマンの交流を扱う学問は経済学/経営学、留学生の交流を扱う学問は教育学といった具合に、交流の主体が異なると、通常、異なる研究者群が研究を行い、交流全体が総括されることは多くありませんでした。本書は、こうした「学術の壁」を乗り越え、日本と中国の間にある国境を越えて移動してきた人たちや、これを送りだしたり受入れたりする組織に焦点を当て、1972年の国交正常化以降の歴史を展望すべく出版されました。
日本と中国の政府間には様々な軋轢・問題があり、それが両国の相手国イメージに陰に陽に影響を当てています。ネット上で開陳される様々な相手国への評価が非接触的交流の一局面を示しているとすれば、本書が扱っているのは、実際の接触を伴う協働に関わる人・組織の歴史であり、そこで繰り広げられてきた歴史の回顧です。同じ交流といっても、記者と研究者のそれでは歴史も異なります。中国だけを交流対象にしている友好7団体のような組織と、そうでない地方自治体とでは、当然、交流への動機にも違いが見られます。すでに中国との豊かな交流経験をお持ちの方々も本書を読み、「他の団体でこんな活動をしていたのを知らなかった」と仰ってくれるケースが多々あります。これから本書を手に取る方にも、予断を持たずに各章の議論にお付き合いいただければと思っています。
(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 園田 茂人 / 2025)
本の目次
I 組織から見た日中交流
第1章 友好運動から実務交流へ――友好7団体(城山英巳)
第2章 支援から戦略へ――国際交流基金(園田茂人)
第3章 経験の蓄積がもたらす効果――地方自治体(園田茂人)
第4章 多次元外交としての対中事業――日本財団グループ(小林義之)
第5章 国家関係に左右されない民の交流は可能か――NPO/NGO(李 妍焱)
II 個人から見た日中交流
第6章 非正式ルートの活用と衰退――政治家(城山英巳)
第7章 チャンスからリスクへ――企業家(服部健治)
第8章 新たな停滞期への突入か――記者(濱本良一)
第9章 変化する環境下のしなやかな強靭性――研究者(杉村美紀)
第10章 不均質な人流の誕生――学生(荒川 雪)
III イシュー別に見た日中交流
第11章 科学技術――交流を生み出す力学とその変化(角南 篤)
第12章 癌――日中関係を映し出す鏡(河原ノリエ)
第13章 料理――美食外交の始動と展開(岩間一弘)
第14章 観光――訪日インバウンドの成長力学(田中孝枝)
第15章 スポーツ――選手とコーチが織りなす物語(高嶋 航)
おわりに 交流経験を言語化する(園田茂人)
関連情報
日中50年・現場から
情報交流、飛躍的に増加 園田茂人・東京大教授の話 (『毎日新聞』 2022年9月29日)
https://mainichi.jp/articles/20220929/ddm/003/040/057000c
書籍紹介:
書籍「日中交流: 人と人とが紡いできた半世紀」刊行のお知らせ (笹川平和財団プレスリリース 2025年6月27日)
https://www.spf.org/spfnews/pressrelease/20250627.html
セミナー:
『日中交流 人と人とが紡いできた半世紀』出版記念講演会
日中関係・日中交流のこれまでとこれから (公益財団法人笹川平和財団 2025年7月1日)
https://www.spf.org/seminar/list/20250701.html
関連記事:
小岩井忠道 (科学記者) 【25-12】対話で「記憶の繰り越し」克服を 日本人の対中国意識調査分析結果 (Science Portal China 2025年4月17日)
https://spc.jst.go.jp/experiences/economy/economy_2512.html
関連動画:
『幻滅』と『不信』の日中関係~世代差と情報格差をめぐって~ 京論壇 × 園田茂人教授 (spfnews | YouTube 2024年4月8日)
https://www.youtube.com/watch?v=tAZFHUPiltk

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