中国学・中国研究と言えば、一般には今日の中国 (中華人民共和国) に関する地域研究の学問であると思われるでしょう。しかし、今日「中国」と呼ばれている地域は、伸縮を繰り返しながら、さまざまな民族や宗教、言語が時にせめぎ合い、時に融合する歴史の途上にあります。特に近代より以前に遡れば、この地域は、さまざまな民族が興亡を繰り返しており、彼らは漢字で書かれた古典を共通の文明の基礎に据えてきました。日本もまたこの地域の周縁で、同じ古典に描かれた古代世界の理想を、自らが属する文明の淵源であるとみなしていた時代がありました。言い換えれば、中国とは、ただ単に現在の主権国家を指すばかりではなく、この地域のダイナミックで多様な変容の歴史を内包する文明世界でもあると言えます。
古典研究をも含みこみながらこの文明世界(中華世界と呼んでもいいでしょう)のダイナミズムを研究する学問として、シノロジー (Sinology) があります。日本ではかつてシナ学 (支那学) と呼ばれていたこともありましたが、1912年に中華民国が成立したあとには、「シナ (支那)」という呼称が新しい中国に対する理解を阻んでいる、ひいては新しい中国に対する侮蔑を表現しているという批判があり、今は使われていません。一方、海外に目を転じると、今日の中国語では、これは「漢学」と呼ばれています。「漢学」は地域研究としての中国学・中国研究と重なる部分を共有しつつも、世界性と普遍性を探究する学問でもある点に特徴があります。なぜなら、古典中国語のテクストは、普遍的な世界のための学問と思想を表現しているからです。
本書は、台湾の国立政治大学に設置されている羅家倫国際漢学講座において行われた連続講演の記録です。「暗闇の光をさがす ― 近代知識人の挑戦」という書名が示唆するように、本書は漢学の専門研究として、中国語の人文世界を対象としつつも、人類の普遍的な課題にアプローチしようとするものです。序文を寄せたデイヴィッド・ワン (王徳威) は、この書名がハンナ・アレントの『暗い時代の人々』にヒントを得たものであることを明らかにしています。連続講演の共通テーマは「クリティカルモメントの知識人」でした。シリーズは、新型コロナウィルス感染症が世界的に流行した時期を挟みながら行われ、その間、本書の出版に至るまでにはロシアのウクライナ侵攻やイスラエルによるパレスチナガザ地区侵略などの激しい国際紛争や、気候変動現象の悪化など、危機的な現実が世界に弥漫するようになりました。そうした現実に対して、漢学の智慧はいかに応答できるでしょうか。その一つの試みとして、特に「文の場」という概念について、わたしは論じてみました。日本でもやがて紹介されることを願います。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石井 剛 / 2025)
本の目次
序 / 王 德威
未喪斯文,其如予何?──危機時刻的漢學研究 / 石井 剛
前言:「共生」的當代困境
第一章 「文」作為中國文史哲的整合觀念:孔子「文不在茲乎」和武田泰淳的文化反思
第二章 書寫實踐與靈魂的哲學:章太炎對清代漢學的繼承與《莊子》研究
第三章 在天地相接之處:從近年來中國「天下」討論看「文」的意義
第四章 我們的「危機」與「文」的希望:以《莊子‧人間世》為例
結語:文場─靈魂的傳遞與「後死之責」
「盡可能的微力,作些澆花的工作」:許壽裳、楊雲萍與戰後初期台灣研究的繼承與挪用 / 黃 英哲
前言:從楊雲萍的「澆花論」談起
第一章 陳儀、許壽裳、楊雲萍
第二章 陳儀的「理想」與「抱負」
第三章 許壽裳、楊雲萍與戰後初期台灣研究的開展
第四章 許壽裳、楊雲萍的挫折與成果
第五章 台灣省編譯館撤廢後台灣研究組工作人員去向
結論
「這個國家非垮不可」:楊基振的困境兼論台灣知識分子的「凱特曼」(Ketman)現象 / 黃 英哲
前言
第一章 關於楊基振
第二章 楊基振見證的危機時刻之一:「抗戰」與抗戰勝利後的華北接收
第三章 楊基振見證的危機時刻之二:「抗戰勝利」與「一九四九」
第四章 楊基振見證的危機時刻之三:中美斷交與80年代海外台灣人的「返鄉」
第五章 楊基振的中國之旅
第六章 結語
Intellectuals in Times of Unending Crisis: Reconsidering Intellectuals in 20th Century China / Sebastian Veg
Lecture 1 From Intellectual History to the Sociology of Knowledge and back: Studying Chinese Intellectuals in Global Perspective
Lecture 2 From Responsibility to Marginalization: Chinese Intellectuals in the 20th Century
Lecture 3 Minjian Intellectuals in the New Century: Alternative Forms of Knowledge and Participation

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