参政権の平等と民衆の政治参加という理想を追い求めた古代ギリシアの人々であるが、彼らも政治の暗黒面を避けて通ることはできなかった。それが賄賂である。では賄賂とは、いつから、なぜ、「犯罪」とされるようになったのだろうか。紀元前5世紀なかばに直接民主政の骨格を完成した都市国家アテナイを、国力の絶頂期に導いたペリクレスは、「賄賂になびかない政治家」として知られる。友人からの供応を嫌い、宴会の招きに応じることもなかったという。それが贈収賄の温床になることを知っていたのである。
しかし、賄賂と贈与はどう違うのか。古代ギリシアはもともと、贈与交換が重視される社会だった。贈与の機能は多様であり、現代ならば、それは謝礼、賃金、報償、あるいは賄賂となるが、それは総じて「贈り物」と呼ばれたのである。そのなかで、私的な利益を誘導する賄賂への態度は、民主政の始まりによって一変したわけではなかった。賄賂を断罪する姿勢があらわれるのは、ギリシア人がペルシア戦争という未曽有の困難に直面し、賄賂が公共性にとって破壊的な結果をもたらすことに気づいたときだった。
本書はホメロスの時代から古代ギリシア人が、伝統的に贈与と贈与交換についてどのような価値観をもっていたのか、という問題から出発し、彼らが賄賂に対して「良くて悪い」「悪いが良い」というアンビヴァレントな価値観をもっていたことを、叙事詩などのテクストを分析することを通して明らかにする。その彼らが、そのような曖昧な態度から一歩を踏み出して、ある特定のカテゴリーの賄賂に対して明確に厳しい態度を示すようになったのは、前5世紀前半のアケメネス朝ペルシアとの戦いの経験を通してであった。そこから出発して、アテナイにおいて次第に賄賂に対する法的な対抗制度が展開してゆく過程を明らかにする。
ペルシア戦争後、ペルシアに限らず敵国から収賄して軍勢を引き上げる行為に対して、アテナイ市民は強い警戒心を抱く。ついで、デロス同盟諸国から巨額の同盟貢租金がアテナイに集まるようになると、その公金の管理をめぐって新たな賄賂概念が発生する。最終的にアテナイで贈収賄に対する厳しい法制度が整備されるようになるのは、おそらく前5世紀末から前4世紀前半のことと思われる。
本書の構成は以下の通り。
1 賄賂と贈与
2 贈り物は神々をも説得する
3 ペルシア戦争という転機
4 さまざまな賄賂
5 罪と法
6 賄賂と民主政
あとがき
なお本書は、『賄賂とアテナイ民主政――美徳から犯罪へ』山川出版社、2008年刊を、講談社学術文庫として改題・改版したものである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 橋場 弦 / 2025)
本の目次
2 贈り物は神々をも説得する
3 ペルシア戦争という転機
4 さまざまな賄賂
5 罪と法
6 賄賂と民主政
あとがき
学術文庫版あとがき
関連情報
小林芳雄 評「贈収賄はなぜ悪いのかを考える」 (WEB第三文明 2025年2月19日)
https://www.d3b.jp/npcolumn/20276
今日のおすすめ: 奥津圭介 評「感謝の「贈り物」がなぜ「罪」なのか。贈与と賄賂はどう違うのか。」 (講談社ホームページ 2024年9月3日)
https://news.kodansha.co.jp/books/10412
書籍紹介:
学術文庫&選書メチエ「弁当箱の底に現金を忍ばせ…。「贈り物」という古代ギリシアの「美徳」は、なぜ「賄賂」という「罪」になったのか。」 (現代ビジネス 2024年7月11日)
https://gendai.media/articles/-/133114

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