東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

薄水色の表紙に古い建物の白黒写真

書籍名

天津の近代 清末都市における政治文化と社会統合

著者名

吉澤 誠一郎

判型など

440ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2002年2月20日

ISBN コード

978-4-8158-0423-7

出版社

名古屋大学出版会

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天津の近代

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はるか昔に出版した自著について語るのは、不思議な気もする。とはいえ、原著の刊行から20年を経て中国語版が出たことについて改めて考えてみる意味もあるかもしれない。
 
そもそも、この本は私の博士論文が基になっている。その意味で、この本を手に取ると様々な思い出がよみがえってくる。真冬の天津で、暖房もない部屋で一世紀前の新聞を閲覧し、手書きで写したこと。英国の文書館で、19世紀の外交報告に添付された漢文の史料を読んでいたら、隣に座っていた老婦人から「あなたはなぜ漢字が読めるのですか」と尋ねられて返答に窮したこと。
 
この本は天津という一都市の視点から、中国近代史について考えてみたいという考えから生まれた。例えば、第二次アヘン戦争 (アロー戦争) のさなかの1858年にイギリスとフランスの艦隊が河を遡って天津に至り、清朝側と天津条約を結んだことはよく知られている。しかし、このことは、天津の人々にとってはどのような意味をもっていたのだろうか。
 
実は天津の有力者は、官命に従って団練という自警組織を編成して防備を固めていた。しかし、外国兵が上陸して天津の人々との間の緊張が高まると、その自警組織は両者のトラブルを回避するために努力することになった。興味深いことに、このときの記憶は地域のなかで伝承されていき、1900年の義和団戦争のときに新たに浮上することになった。
 
さて、2022年、万魯建先生による本書の中国語版は、北京の有力出版社である社会科学文献出版社から刊行された。中国の多くの人々が容易に手に取ってもらえるようになったのは、まことにうれしいことだった。
 
ここで、中国語版が刊行されることの意味を簡単に説明しておきたい。まず、中国語の図書の市場規模は、日本語よりはるかに大きい。また、中国では中国史に対する関心も高いと考えられるから、私の本に対する「需要」は中国語の世界のほうが多いとみてよい。私は正確なことは聞いていないが、おそらく日本語原著より中国語訳のほうが発行部数は多いと私は推測している。もちろん、一般論としては英語の図書のほうが販路は広いとは言えるだろうが、中国史についての専門書を多数の英米人が読むとは考えられない。そして、中国についての欧米人専門家は中国語図書を読むことができる。
 
このように考えると、中国研究の分野では、中国語での刊行は大きな意義がある。何より、中国人ではなく日本人が書いた「一味違う」本を中国人に読んでもらいたいというのが、私にとっても研究の意欲につながる。

これは、例えばアメリカの研究者が優れたヨーロッパ史研究の本を書いてみたいという気持ちに似ているかもしれない。アメリカの学者が例えばフランス史について研究した英語の本がフランス語版でも刊行されたら、やはり誇らしいだろう。
 
このような学問のありかたは、確かに特殊かもしれないが、たぶんずっと続いていくのだろうと私は考えている。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 吉澤 誠一郎 / 2025)

本の目次

 凡 例
 
緒 論
     1 本書の視角 —— 都市と近代性
     2 本書の構成と史料
     3 天津史の素描
 
  第I部 地域防衛を支える価値観と記憶
 
第1章 団練の編成
     1 課題の設定
     2 鴉片戦争と天津団練の起源
     3 太平天国軍に対する防備
     4 第二次鴉片戦争時における地域防衛
     5 第二次鴉片戦争の終結と張錦文の活動
     6 小 結
 
第2章 火会と天津教案
     1 課題の設定
     2 事件の概要
     3 天津教案に対する火会の関与
     4 地域社会の中の教案
     5 小 結
 
第3章 光緒初年の旱災と広仁堂
     1 課題の設定
     2 游民と善堂
     3 華北大旱災と広仁堂の成立
     4 広仁堂の歴史的位置
     5 小 結
 
第4章 義和団支配と団練神話
     1 課題の設定
     2 天津の地方官と義和団
     3 義和団による支配と天津住民
     4 社会的記憶の再現
     5 小 結
 
  第II部 行政機構の革新と社会管理
 
第5章 巡警創設と行政の変容
     1 課題の設定
     2 巡警の創設過程
     3 巡警の機能的特質
     4 都市行政の構造変化
     5 小 結
 
第6章 「捐」と都市管理
     1 課題の設定
     2 天津における捐の起源
     3 都市民衆と捐
     4 捐の権力論
     5 小 結
 
第7章 善堂と習藝所のあいだ
     1 課題の設定
     2 習藝所の誕生
     3 善堂の変容
     4 小 結
 
  第III部 愛国主義による社会統合
 
第8章 「抵制美約」運動と「中国」の団結
     1 課題の設定
     2 移民問題とボイコットの開始
     3 天津における運動の展開過程
     4 ボイコットと啓蒙
     5 小 結
 
第9章 電車と公憤
      —— 市内交通をめぐる政治
     1 課題の設定
     2 国際的契機
     3 電車の開業
     4 電車をめぐる暴動
     5 小 結
 
第10章 体育と革命
      —— 辛亥革命時期の尚武理念と治安問題
     1 課題の設定
     2 軍事重視論と体育理念の流行
     3 体育社の成立
     4 革命の不安と諸団体の形成
     5 兵変から袁世凱政権へ
     6 小 結
 
補 論 風俗の変遷
     1 課題の設定
     2 風俗の内実
     3 風俗を改良する
     4 小 結
 
結 語
 
 あとがき
 参照文献一覧
 索 引
 

関連情報

中国語版:
清末都市的政治文化与社会統合: 天津的近代 (社会科学文献出版社 2022年8月刊)
https://xianxiao.ssap.com.cn/bibliography/1880225.html

書評:
宮田義矢 評 (『史学雑誌』114巻2号 2005年)
https://doi.org/10.24471/shigaku.114.2_256
 
佐藤仁史 評 (『歴史評論 = Historical journal』第643号 p.94~99 2003年11月)
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I6732024
 
水羽信男 評 (『歴史学研究』第774号, p.46-49 2003年4月15日)
https://hiroshima.repo.nii.ac.jp/records/2011838
 
高嶋航 評 批評・紹介 (『東洋史研究』61巻2号p.346-355 2002年9月30日)
https://doi.org/10.14989/155420
 
貴志俊彦 評 (『史林』85巻5号p.748-754 2002年9月1日)
https://doi.org/10.14989/shirin_85_748
 

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