本書は、日本近世史の研究成果を集成して、一般読者に向けて総合的な時代像を示し、近世という時代を見通そうと企画されたシリーズの1冊である。その第5巻に当たる本書では、江戸時代の人びとの生き方に迫ろうとした。
江戸時代の社会は、武士は代々武士、百姓は代々百姓であり、武士は支配者として権力を握って政治を行い、百姓の多くは農民として年貢を納め、町人は商人・職人として代々の家業に精を出す、そのような身分制の社会であったと考えられてきた。それは必ずしも間違っていない。しかし、そのような身分制度はどのようにして定まったのだろうか。百姓や町人は武士には成れなかったのか、あるいは逆に、武士になど成りたくなかったのか。百姓や町人も、生業や居所を自由に選べなかったのだろうか。僧侶や宗教者、遊女や芸能者、あるいはかわた (えた) や非人など差別されたとされる人びともいたはずだ。そうした人びとはどのように生み出されたのか。考え始めると次々に疑問が浮かび上がる。研究上でも、制度というだけでは理解できない、社会の実態・慣習、人びとの生き方・生業があったことがわかってきた。
一方で、「現代社会の生き方」を考えてみよう。たとえば私は、地方で高校まですごして東京の大学に進学し、条件と運に恵まれ、あるいは偶然に左右されて別の地方に職を得たが、やがて職場を移って、今は東京に勤めている。私の両親のように、東京に進学せず地元に残って就職する道もあったはずだが、そうした道は選ばなかった。私個人の例を所属と職業について述べただけだが、こうした無数の生き方の集積が社会を構成している。「人生いろいろ」ではあるが、それで済ませられない社会課題や矛盾などもある。職業や「身分」を選択しているようにみえるが、まったく自由に選べるわけでもない。運や偶然はもちろんだが、条件や環境に大きく左右される。
翻って江戸時代ではどうか。このような選択の自由はなかったのだろうか。あるいは、それを可能とする条件がなかったのだろうか。封建社会だから、統制が厳しかったから、共同体的な社会だから、生産力が低かったから、市場経済が発達していなかったから。逆に、思ったよりも自由で選択の余地があったのではないか。こうして様々な観点から追究が深まってきた。「人生いろいろ」で済ませるのではなく、当時の社会の制度や慣習、意識や環境など、様々な要素を考慮して当時の人びとの生き方に肉迫した時、それは、現代社会と私たちの生き方を追究することにもつながるのではないか。本書がそのためのガイドになるとすれば嬉しい。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 牧原 成征 / 2025)
本の目次
第1章 武士・奉公人・浪人…牧原成征
1 江戸における諸大名家の共存
2 江戸詰の家臣団
3 大名屋敷と町人・百姓
4 藩邸社会と町人社会
第2章 百姓と商人の間…多和田雅保
1 香具師集団の構造
2 香具師の家業
3 定期市と香具師仲間
4 荒物と小間物
第3章 房総の山稼ぎと江戸…後藤雅知
1 真木生産と運上請負
2 炭焼きと林守
3 真木生産と炭焼きとの相克
4 林産物の輸送
コラムI 廻船…中安恵一
第4章 かわたと非人…三田智子
1 和泉国におけるかわたと非人
2 和泉国泉郡信太地域の概要
3 南王子村の村落構造―かわた村
4 南王子村と非人
コラムII 行き倒れ遍路からみた近世…町田 哲
第5章 高利貸しか融通か…東野将伸
1 近世における金銭貸付
2 近世の金融と共同体
3 近世の金融と身分制・領主制
第6章 大坂・堀江新地の茶屋と茶立女…吉元加奈美
1 近世大坂の遊所―新町と茶屋
2 御池通五丁目・六丁目の「茶屋町」と茶屋・茶立女
3 茶立奉公の日常
第7章 芸能者…塩川隆文
1 江戸時代の芸能享受の実例
2 芸能者の総合的な把握
3 金沢の芸能者
関連情報
https://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n53409.html
編者解説:
現代人が近世史を学ぶということ 多和田雅保 (吉川弘文館『本郷』Web編集部 | note 2024年5月16日)
https://note.com/yoshikawa_k/n/ne7777edf9aad
書評:
原直史 評 (第24回『近世史の会』 2024年2月18日)

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