細菌をマイクロ電源とした高効率リチウム回収を実現 「電気化学方式に匹敵する効率と速度」と「細菌と材料の自己組織化」で大スケール化を可能に 研究成果
NIMS、東北大学、東京大学などの共同研究チームは、リチウムイオン電池用正極材料が微生物と自発的に集合し、電源を一切用いずにリチウムイオンを選択的に回収できる新しい原理を発見しました。微生物がマイクロサイズの電源の役割を担い、海水のような低濃度条件でも数時間以内に95%以上のリチウム回収が可能で、従来の技術よりも大規模化や環境負荷低減が期待されます。この研究成果は、6月29日にNature Communications誌にて掲載されました。
[研究成果の概要]
従来の課題: 電気化学的リチウム回収を阻む「電極の壁」
リチウムは電気自動車や蓄電装置に不可欠な資源で、需要が急速に拡大しています。しかし、リチウム回収法として現在主流の「塩湖蒸発法」は大量の水を消費し、環境負荷が深刻な課題となっています。そこでいま注目されているのが「直接リチウム抽出法(DLE)」、特に、リチウムイオン電池の正極材料を応用した「電気化学的リチウム回収法」です。材料の結晶構造内にリチウムのみを選択的に取り込む高い選択性と速度という利点がある一方、反応は電極の表面で生じるため、実用規模の処理には膨大な電極面積とそこへの電源供給を必要とするといった制約に直面します。そのため、電極という構造体に依存しない、全く新しい反応原理の確立が求められていました。
成果のポイント: 電池材料と微生物が三次元反応場を自己形成
研究チームは、リチウムイオン電池正極材料λ-MnO2(ラムダ型二酸化マンガン)のナノ粒子と、自然界に広く存在する細菌Shewanella oneidensis MR-1(シャワネラ・オネイデンシス MR-1)を組み合わせると、両者が自発的にミリメートル規模の凝集体を形成し、微生物が正極材料へ電子を供給する三次元的な「反応場」として機能することを発見しました。これにより、配線も電源供給もなしにリチウムイオンを正極材料の結晶構造内に取り込むことに成功しました(図1)。
図1: 左: 細菌MR-1の細胞内で乳酸が酸化されて発生した電子が、細胞外のλ-MnO2ナノ粒子へ受け渡され(細胞外電子伝達: EET)リチウムが取り込まれる。中央: 続いて、細菌と材料粒子が自発的に集合し、ナノワイヤーで電気的に接続された導電性ネットワークを形成し、さらにリチウムを取り込む反応が活発化する。右: マクロスケールでは、ミリメートルサイズの凝集体が反応容器の底に沈降し、均一なリチウム回収が進行する。
微生物が電源(電子供給源)の役割を担うことで、「電源が不要」「低濃度リチウムも回収可能」「広面積電極が不要で省スペース」という利点が生まれます。従来の電気化学的システムに匹敵する速度で、電源を使わない蒸発法やイオン交換法などよりも、処理時間で桁違い(数時間対数日 - 数週間)に優れた性能を示します。さらに既存技術と同等の経済性を保ちつつ、水資源消費に伴う環境負荷を低減できる点が本成果の特徴です(詳細は図4)。
将来展望: 他金属資源・機能性材料合成への展開
本研究は、二次元的な構造の電極を用いた従来の反応とは異なり、材料と微生物が自ら作る三次元の凝集体を反応場として利用するため、原理的に大規模化が可能です。塩湖蒸発法に伴う水資源・環境への大きな負荷を回避しつつ、増大するリチウム需要に応える持続可能な資源確保の選択肢として、本技術の発展が期待されます。
さらに、本原理はリチウム回収だけにとどまりません。異なる電池系のインターカレーション材料はナトリウムやマグネシウムなど他の金属イオンも結晶構造内に取り込むことができるため、本手法を応用することで多様な金属資源の選択的回収や、機能性材料の合成・処理などの材料科学における幅広い応用展開が期待されます。
その他
リチウムイオン電池は、スマートフォンから電気自動車、定置型蓄電装置まで現代のエネルギー基盤を支える技術であり、原料リチウムの安定供給は喫緊の課題です。リチウムは塩湖や海水中に広く存在しますが、現在の主要供給源である塩湖蒸発法[1]は、塩水を太陽光で蒸発・濃縮するため大量の水を消費し、地域の生態系・住民との水資源対立が国際的な問題となっています。
塩湖蒸発法に代わる手法として有力視されてきたのが、リチウムイオン電池等の正極材料(λ-MnO2[2]や FePO4など)を電極として用いた電気化学的リチウム回収法です。これらの材料では、リチウムイオンを選択的に結晶構造内に取り込む「インターカレーション」[3]という反応が生じるため、海水のように他のイオンが大量に共存する希薄なリチウム源からでも、ナトリウム・マグネシウム・カリウム等を除外しつつリチウムを高い選択性と速度で回収できます。しかし、電気化学的リチウム回収は反応が電極の表面で生じる二次元的なシステムであるため、実用規模では膨大な電極面積、電源の供給と、それに伴うオーミック損失[4]、電極材料のリチウム担持量の上限、装置コストが大規模化の壁となっていました。
研究チームは、この「電極の壁」を突破する新原理として、自然界に広く存在する微生物の「細胞外電子伝達(EET)」[5]に着目しました。Shewanella oneidensis MR-1[6]などの細菌は、酸素のない環境下で細胞内の有機物(乳酸など)を酸化して得た電子を、細胞外の固体(鉱物や電極)に直接渡して呼吸する能力を持ちます。この微生物の電子供給能力を電源の代替として利用できれば、電極面積の制約を超えた新しい反応場が実現できるのではないか、と考えました。
研究内容と成果
研究チームは、Shewanella oneidensis MR-1とλ-MnO2のナノ粒子(粒径約100nm)を、リチウム塩を含む水溶液中で混合し、酸素のない条件下で培養しました。その結果、以下の主要な成果が明らかになりました。
(1)電池材料と微生物が自発的に集合し、三次元反応場を形成
培養に伴って、λ-MnO2とMR-1が自発的に集合し、当初のナノ粒子の1000倍以上の大きさの凝集体を形成しました(図2)。蛍光顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)、エネルギー分散型X線分析などにより、細菌細胞と正極材料粒子が密接に接触しながら集合していることを確認しました。リチウムが存在しない条件では凝集が起こらないことから、凝集現象がリチウムの取り込みと連動して進行することが明らかになりました。この三次元的な凝集体が、電極の代わりとなる「反応場」として機能します。
図2: 左: リチウムイオン電池正極材料λ-MnO2のナノ粒子(黒色)と微生物Shewanella oneidensis MR-1(青色: DAPI蛍光染色)が自発的に形成したミリメートル規模の凝集体。スケールバーは0.5ミリメートル。右: 凝集体の電子顕微鏡像。微生物からの電子供給により、この凝集体でリチウムイオンが結晶構造内に取り込まれる。
(2)電極系と同等の品質・速度でリチウムを取り込み
X線回折(XRD)、X線吸収分光(XANES)、誘導結合プラズマ発光分析(ICP-OES)などの精密分析により、λ-MnO2粒子の中にリチウムイオンが結晶構造を保ったまま均一に取り込まれ、LiMn2O4に近い状態へと変化していることを確認しました。これは電極を用いた電気化学的反応と同等の構造変化であり、また、非生物的な化学反応では到達できない領域まで進行することから、微生物による電子供給が反応を駆動していることを実証しました。
(3)微生物の細胞表面タンパク質が電子供給を担う
電子伝達に関わる細菌のタンパク質を欠損させた変異株(OmcA、MtrC欠損株)を用いた実験により、これらの外膜シトクロム[7]がリチウムイオン取り込み反応の中核を担うことを突き止めました。走査透過電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光(EELS)、集束イオンビーム(FIB)-SEM による断面観察により、細菌と材料粒子の間に「ナノワイヤー」と呼ばれる電子伝達経路が形成され、この経路を通じて電子が電池材料側に供給されていることが示唆されました(図3)。これは従来の電極系における導電助剤に相当する役割を果たします。
図3: 本反応原理の模式図。左: 細菌 MR-1 の細胞内で乳酸が酸化されて電子が発生し、外膜の電子伝達タンパク質(OmcA、MtrC)を介して細胞外のλ-MnO2ナノ粒子に渡される(細胞外電子伝達: EET)。中央: 細菌と材料粒子が自発的に集合し、ナノワイヤーで電気的に接続された導電性ネットワークを形成する。右: マクロスケールでは、凝集体が反応容器の底に沈降し、均一なリチウム回収が進行する。
(4)実海水からの高効率・高選択的リチウム回収と材料一般性
茨城県大洗で採取した実海水(リチウム濃度約25マイクロモル毎リットル)を用いた試験で、本手法はわずか数時間以内に95%以上のリチウムを回収することに成功しました。海水中に大量に共存するナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどのイオンの混入は1%未満であり、電極を用いた電気化学的システムに匹敵する選択性と回収速度を達成しました(図4)。これは、海水のようにリチウム濃度が低く反応が難しい水源からの選択的回収という技術的に困難な条件下でも、電極を使わずに電極系並みの性能を実現した点で画期的です。また、λ-MnO2とは結晶構造が異なる正極材料FePO4でも同様の微生物駆動リチウム回収を確認し、本原理が特定の材料に依存しない普遍的な原理であることを示しました。
図4: 本研究のリチウム回収性能と既報との比較。横軸は処理するリチウム源の濃度、縦軸はリチウム回収に要する時間(対数表示)。本研究(赤い星印)は、海水のような低濃度のリチウム源(約25マイクロモル毎リットル)からでも、電極を用いる従来の電気化学的システムと同等の短時間(数時間)でリチウムを回収できる。一方、電極を使わない従来の手法(蒸発法やイオン交換)は、桁違いに長い処理時間を要する。電極不要でありながら電極系と同等の速度を達成した点が、本手法の最大の特徴。
(5)技術経済性・環境負荷の評価
技術経済分析(TEA)とライフサイクル評価(LCA)[8]では、本手法を現在の主要なリチウム供給源である塩湖水資源(南米 Atacama塩湖)への適用を想定して、製造コストと環境負荷を試算しました。その結果、本手法による炭酸リチウム(Li2CO3)の製造コストは約6USD/kgと、既存の塩湖蒸発法や他の直接リチウム抽出法(DLE)と同等の経済性を持つことが示されました。さらに、塩湖水を蒸発させずに固体スラリーとしてリチウムを回収する本手法は、塩湖蒸発法に伴う膨大な水損失を回避できるため、水フットプリント(水資源消費に伴う環境負荷)を従来法より低減できることが試算されました。一方、温室効果ガス排出量はリチウム回収後に使用する酸化剤に依存するため、今後はより環境負荷の低い酸化剤の選択が課題となります。これらの分析は、本研究が学術的な発見にとどまらず、産業実装に向けた現実的な道筋を持つことを示しています。
図5: 技術経済分析(TEA)とライフサイクル評価(LCA)。(a)プロセス全体図。リチウム回収槽でバイオ電気化学的にリチウムを取り込んだ後、リチウム除去後の塩水は排水処理(曝気・沈殿・塩素処理・脱水)を経て元の塩水帯水層へ再注入される。リチウムを取り込んだ正極材料(Li₁₋ₓMn₂O₄)は槽の底から回収・洗浄・脱水後、Na2S2O8によるリチウム浸出、pH11でのマンガン除去、Na2CO3による炭酸リチウムの析出という三段階を経て製品化される。(b)製造コストの比較。 直接リチウム抽出法(DLE)および従来の塩湖蒸発法と比較。(c, d)環境負荷の比較。DLE法および南米アタカマ・オラロス塩湖での蒸発法と比較。「直接水」は採取地で消費する淡水、「間接水」は薬品・電力の製造に伴って消費される背景水を示す。間接水消費と気候変動影響の約80%は、酸化剤Na2S2O8の製造に由来する。
[今後の展開]
本研究は、電気化学的リチウム回収を阻んできた「電極のスケール限界」(すなわち、実用規模では膨大な電極面積と電源供給が必要となる物理的限界)を、微生物による電子供給という自然界の仕組みを活用して根本的に解決する新原理を確立しました。今後は、以下の方向で研究を発展させていきます:
[研究成果の概要]
従来の課題: 電気化学的リチウム回収を阻む「電極の壁」
リチウムは電気自動車や蓄電装置に不可欠な資源で、需要が急速に拡大しています。しかし、リチウム回収法として現在主流の「塩湖蒸発法」は大量の水を消費し、環境負荷が深刻な課題となっています。そこでいま注目されているのが「直接リチウム抽出法(DLE)」、特に、リチウムイオン電池の正極材料を応用した「電気化学的リチウム回収法」です。材料の結晶構造内にリチウムのみを選択的に取り込む高い選択性と速度という利点がある一方、反応は電極の表面で生じるため、実用規模の処理には膨大な電極面積とそこへの電源供給を必要とするといった制約に直面します。そのため、電極という構造体に依存しない、全く新しい反応原理の確立が求められていました。
成果のポイント: 電池材料と微生物が三次元反応場を自己形成
研究チームは、リチウムイオン電池正極材料λ-MnO2(ラムダ型二酸化マンガン)のナノ粒子と、自然界に広く存在する細菌Shewanella oneidensis MR-1(シャワネラ・オネイデンシス MR-1)を組み合わせると、両者が自発的にミリメートル規模の凝集体を形成し、微生物が正極材料へ電子を供給する三次元的な「反応場」として機能することを発見しました。これにより、配線も電源供給もなしにリチウムイオンを正極材料の結晶構造内に取り込むことに成功しました(図1)。

微生物が電源(電子供給源)の役割を担うことで、「電源が不要」「低濃度リチウムも回収可能」「広面積電極が不要で省スペース」という利点が生まれます。従来の電気化学的システムに匹敵する速度で、電源を使わない蒸発法やイオン交換法などよりも、処理時間で桁違い(数時間対数日 - 数週間)に優れた性能を示します。さらに既存技術と同等の経済性を保ちつつ、水資源消費に伴う環境負荷を低減できる点が本成果の特徴です(詳細は図4)。
将来展望: 他金属資源・機能性材料合成への展開
本研究は、二次元的な構造の電極を用いた従来の反応とは異なり、材料と微生物が自ら作る三次元の凝集体を反応場として利用するため、原理的に大規模化が可能です。塩湖蒸発法に伴う水資源・環境への大きな負荷を回避しつつ、増大するリチウム需要に応える持続可能な資源確保の選択肢として、本技術の発展が期待されます。
さらに、本原理はリチウム回収だけにとどまりません。異なる電池系のインターカレーション材料はナトリウムやマグネシウムなど他の金属イオンも結晶構造内に取り込むことができるため、本手法を応用することで多様な金属資源の選択的回収や、機能性材料の合成・処理などの材料科学における幅広い応用展開が期待されます。
その他
- 本研究は、NIMS高分子・バイオ材料研究センター(筑波大学理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 教授) 岡本 章玄 グループリーダー、東北大学 学際科学フロンティア研究所/金属材料研究所 下川 航平 助教、東京大学 未来ビジョン研究センター(「プラチナ社会」総括寄付講座 兼担) 菊池 康紀 教授らの共同研究チームによって行われました。
- 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR19H1)、JSPS科研費(22H02265、20K22460)、NIMS連携拠点制度などの支援を受けて実施されました。
- 本研究成果は、2026年6月29日18時(日本時間)に Nature Communications オンライン版に掲載されました。
リチウムイオン電池は、スマートフォンから電気自動車、定置型蓄電装置まで現代のエネルギー基盤を支える技術であり、原料リチウムの安定供給は喫緊の課題です。リチウムは塩湖や海水中に広く存在しますが、現在の主要供給源である塩湖蒸発法[1]は、塩水を太陽光で蒸発・濃縮するため大量の水を消費し、地域の生態系・住民との水資源対立が国際的な問題となっています。
塩湖蒸発法に代わる手法として有力視されてきたのが、リチウムイオン電池等の正極材料(λ-MnO2[2]や FePO4など)を電極として用いた電気化学的リチウム回収法です。これらの材料では、リチウムイオンを選択的に結晶構造内に取り込む「インターカレーション」[3]という反応が生じるため、海水のように他のイオンが大量に共存する希薄なリチウム源からでも、ナトリウム・マグネシウム・カリウム等を除外しつつリチウムを高い選択性と速度で回収できます。しかし、電気化学的リチウム回収は反応が電極の表面で生じる二次元的なシステムであるため、実用規模では膨大な電極面積、電源の供給と、それに伴うオーミック損失[4]、電極材料のリチウム担持量の上限、装置コストが大規模化の壁となっていました。
研究チームは、この「電極の壁」を突破する新原理として、自然界に広く存在する微生物の「細胞外電子伝達(EET)」[5]に着目しました。Shewanella oneidensis MR-1[6]などの細菌は、酸素のない環境下で細胞内の有機物(乳酸など)を酸化して得た電子を、細胞外の固体(鉱物や電極)に直接渡して呼吸する能力を持ちます。この微生物の電子供給能力を電源の代替として利用できれば、電極面積の制約を超えた新しい反応場が実現できるのではないか、と考えました。
研究内容と成果
研究チームは、Shewanella oneidensis MR-1とλ-MnO2のナノ粒子(粒径約100nm)を、リチウム塩を含む水溶液中で混合し、酸素のない条件下で培養しました。その結果、以下の主要な成果が明らかになりました。
(1)電池材料と微生物が自発的に集合し、三次元反応場を形成
培養に伴って、λ-MnO2とMR-1が自発的に集合し、当初のナノ粒子の1000倍以上の大きさの凝集体を形成しました(図2)。蛍光顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)、エネルギー分散型X線分析などにより、細菌細胞と正極材料粒子が密接に接触しながら集合していることを確認しました。リチウムが存在しない条件では凝集が起こらないことから、凝集現象がリチウムの取り込みと連動して進行することが明らかになりました。この三次元的な凝集体が、電極の代わりとなる「反応場」として機能します。

(2)電極系と同等の品質・速度でリチウムを取り込み
X線回折(XRD)、X線吸収分光(XANES)、誘導結合プラズマ発光分析(ICP-OES)などの精密分析により、λ-MnO2粒子の中にリチウムイオンが結晶構造を保ったまま均一に取り込まれ、LiMn2O4に近い状態へと変化していることを確認しました。これは電極を用いた電気化学的反応と同等の構造変化であり、また、非生物的な化学反応では到達できない領域まで進行することから、微生物による電子供給が反応を駆動していることを実証しました。
(3)微生物の細胞表面タンパク質が電子供給を担う
電子伝達に関わる細菌のタンパク質を欠損させた変異株(OmcA、MtrC欠損株)を用いた実験により、これらの外膜シトクロム[7]がリチウムイオン取り込み反応の中核を担うことを突き止めました。走査透過電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光(EELS)、集束イオンビーム(FIB)-SEM による断面観察により、細菌と材料粒子の間に「ナノワイヤー」と呼ばれる電子伝達経路が形成され、この経路を通じて電子が電池材料側に供給されていることが示唆されました(図3)。これは従来の電極系における導電助剤に相当する役割を果たします。

(4)実海水からの高効率・高選択的リチウム回収と材料一般性
茨城県大洗で採取した実海水(リチウム濃度約25マイクロモル毎リットル)を用いた試験で、本手法はわずか数時間以内に95%以上のリチウムを回収することに成功しました。海水中に大量に共存するナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどのイオンの混入は1%未満であり、電極を用いた電気化学的システムに匹敵する選択性と回収速度を達成しました(図4)。これは、海水のようにリチウム濃度が低く反応が難しい水源からの選択的回収という技術的に困難な条件下でも、電極を使わずに電極系並みの性能を実現した点で画期的です。また、λ-MnO2とは結晶構造が異なる正極材料FePO4でも同様の微生物駆動リチウム回収を確認し、本原理が特定の材料に依存しない普遍的な原理であることを示しました。

(5)技術経済性・環境負荷の評価
技術経済分析(TEA)とライフサイクル評価(LCA)[8]では、本手法を現在の主要なリチウム供給源である塩湖水資源(南米 Atacama塩湖)への適用を想定して、製造コストと環境負荷を試算しました。その結果、本手法による炭酸リチウム(Li2CO3)の製造コストは約6USD/kgと、既存の塩湖蒸発法や他の直接リチウム抽出法(DLE)と同等の経済性を持つことが示されました。さらに、塩湖水を蒸発させずに固体スラリーとしてリチウムを回収する本手法は、塩湖蒸発法に伴う膨大な水損失を回避できるため、水フットプリント(水資源消費に伴う環境負荷)を従来法より低減できることが試算されました。一方、温室効果ガス排出量はリチウム回収後に使用する酸化剤に依存するため、今後はより環境負荷の低い酸化剤の選択が課題となります。これらの分析は、本研究が学術的な発見にとどまらず、産業実装に向けた現実的な道筋を持つことを示しています。

[今後の展開]
本研究は、電気化学的リチウム回収を阻んできた「電極のスケール限界」(すなわち、実用規模では膨大な電極面積と電源供給が必要となる物理的限界)を、微生物による電子供給という自然界の仕組みを活用して根本的に解決する新原理を確立しました。今後は、以下の方向で研究を発展させていきます:
- 実用化に向けたパイロット規模での実証実験、産業実装に向けた条件最適化
- ナトリウム、マグネシウムなど他のアルカリ・アルカリ土類金属の選択的回収への応用
- より環境負荷の低い酸化剤の探索や、バイオマス由来の電子源との組み合わせによる低炭素プロセスの実現
- 微生物–材料界面を活用した新しい機能性材料合成プロセスへの展開
用語解説
[1] 塩湖蒸発法: 南米アンデス山脈などの塩湖から汲み上げた塩水を太陽光で蒸発・濃縮することでリチウムを回収する方法。現在のリチウム供給の主流だが、大量の水を消費する。
[2] λ-MnO2(ラムダ型二酸化マンガン): リチウムイオン電池正極材料LiMn2O4からリチウムを抜き出して得られる、三次元のトンネル構造を持つ二酸化マンガン。リチウムイオンのみを選択的に取り込めるため、希薄なリチウム源からの回収材料として注目されている。
[3] インターカレーション: イオンが結晶構造の隙間(層間や三次元的なトンネル構造)に出入りする現象であり、リチウムイオン電池の充放電にも利用される。
[4] オーミック損失: 電流が電極や配線を流れる際に生じる電力損失。大規模な電気化学システムでは深刻な課題となる。
[5] 細胞外電子伝達(EET: Extracellular Electron Transfer): 細菌などの微生物が、細胞内で得た電子を細胞外の固体(鉱物や電極など)に直接渡す呼吸の仕組み。微生物燃料電池や環境浄化技術の基盤となっている。
[6] Shewanella oneidensis MR-1(シャワネラ・オネイデンシス MR-1): EET能力を持つグラム陰性細菌のモデル株。鉄、マンガンなど多様な金属酸化物を還元する能力を持つ。
[7] 外膜シトクロム(OmcA、MtrC): Shewanella oneidensis MR-1の細胞外膜に存在する電子伝達タンパク質。細胞内から外部の固体表面へと電子を運ぶ役割を担う。
[8] 技術経済分析(TEA)/ライフサイクル評価(LCA): TEAは新技術の経済性(製造コスト、設備投資など)を、LCAは環境負荷(水使用量、温室効果ガス排出量など)を定量的に評価する手法。
[1] 塩湖蒸発法: 南米アンデス山脈などの塩湖から汲み上げた塩水を太陽光で蒸発・濃縮することでリチウムを回収する方法。現在のリチウム供給の主流だが、大量の水を消費する。
[2] λ-MnO2(ラムダ型二酸化マンガン): リチウムイオン電池正極材料LiMn2O4からリチウムを抜き出して得られる、三次元のトンネル構造を持つ二酸化マンガン。リチウムイオンのみを選択的に取り込めるため、希薄なリチウム源からの回収材料として注目されている。
[3] インターカレーション: イオンが結晶構造の隙間(層間や三次元的なトンネル構造)に出入りする現象であり、リチウムイオン電池の充放電にも利用される。
[4] オーミック損失: 電流が電極や配線を流れる際に生じる電力損失。大規模な電気化学システムでは深刻な課題となる。
[5] 細胞外電子伝達(EET: Extracellular Electron Transfer): 細菌などの微生物が、細胞内で得た電子を細胞外の固体(鉱物や電極など)に直接渡す呼吸の仕組み。微生物燃料電池や環境浄化技術の基盤となっている。
[6] Shewanella oneidensis MR-1(シャワネラ・オネイデンシス MR-1): EET能力を持つグラム陰性細菌のモデル株。鉄、マンガンなど多様な金属酸化物を還元する能力を持つ。
[7] 外膜シトクロム(OmcA、MtrC): Shewanella oneidensis MR-1の細胞外膜に存在する電子伝達タンパク質。細胞内から外部の固体表面へと電子を運ぶ役割を担う。
[8] 技術経済分析(TEA)/ライフサイクル評価(LCA): TEAは新技術の経済性(製造コスト、設備投資など)を、LCAは環境負荷(水使用量、温室効果ガス排出量など)を定量的に評価する手法。
論文情報
Kohei Shimokawa, Duyen Minh Pham, Heng Yi Teah, Xizi Long, Yasunori Kikuchi, Akihiro Okamoto, "Electrode-Free Bioelectrochemical Intercalation for Scalable Lithium Recovery," Nature Communications: 2026年6月29日, doi:10.1038/s41467-026-74500-3.
お問い合わせ先
[本件に関するお問い合わせ先]
| 研究内容について |
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
高分子・バイオ材料研究センター
グループリーダー
岡本 章玄(おかもと あきひろ)
国立大学法人 東北大学 学際科学フロンティア研究所/金属材料研究所
下川 航平(しもかわ こうへい) 助教
国立大学法人 東京大学未来ビジョン研究センター 菊池 康紀(きくち やすのり) 教授
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| 報道・広報について |
NIMS 国際・広報部門 広報室
東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部 広報担当
東京大学 未来ビジョン研究センター 広報・国際チーム
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