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ブラックホールの振動が増えたり消えたりする謎を解明 ―約40年前から知られる重力波の未解決問題に決着― 研究成果

掲載日:2026年10月29日

発表のポイント
◆回転ブラックホールから放出される重力波の特徴的な振動(準固有振動)について、約40年間未解明だった「モードの分岐・消失」の物理的起源を明らかにしました。
◆分岐は別のモードとの「擬交差」と共鳴励起、消失は振動モードを表す「極」と熱的な周波数に由来する「零点」が打ち消し合う「ポールスキッピング」で説明できることを示しました。
◆ブラックホールの振動を理解するには「極」だけでなく「零点」も重要であることを示し、重力波によるブラックホール分光学と非エルミート物理・有限温度系の多体物理学をつなぐ新たな視点を与えます。


連星ブラックホールの合体に伴う重力波とその特徴的な振動の起源を明らかにした本研究の概念図

 

 

概要
 東京大学宇宙線研究所の窪田 圭一郎 特任研究員と、東京都立大学大学院理学研究科の本橋 隼人 准教授による研究グループは、回転ブラックホールが示す特徴的な重力波の振動「準固有振動」のうち、特殊な周波数の近くで長年知られてきた異常な振る舞いの起源を理論解析と数値計算により明らかにしました。ブラックホールの回転を変えると、ある振動モードが二つに分かれたり、途中で消えたりするように見える現象が約40年前から知られていました。本研究では、ブラックホールの応答を記述するグリーン関数について、振動モードに対応する「極」だけでなく、その逆の性質を持つ「零点」も複数のリーマン面(注1)にわたって追跡しました(図1)。その結果、見かけの分岐は別のモードとの擬交差(注2)と、それに伴う共鳴励起で生じること、見かけの消失は極と零点が重なって打ち消し合うポールスキッピング(注3)によることを示しました。さらに、この零点はブラックホールのホーキング温度などで決まる熱的な周波数と結びついています。本成果は、重力波を用いたブラックホール分光学の理論的理解を深めるとともに、ブラックホール物理と非エルミート物理・有限温度系の多体物理学を結ぶ新たな視点を提供します。

図1:ブラックホールの応答を表す複素周波数空間のリーマン面

色は応答の位相を表し、×印が準固有振動に対応する「極」、点が熱的な周波数に対応する「零点」を表します。複数の面を調べることで、従来の見方では隠れていた面のモードを追跡できます。 

発表内容
 ブラックホール連星は、合体後に安定した回転ブラックホールへと落ち着いていく過程で、鐘をたたいた後のように特徴的な振動を伴う重力波を放射します(図2)。この「リングダウン」と呼ばれる振動は、主に「準固有振動」と呼ばれる、時間とともに減衰する振動の重ね合わせとして記述されます。準固有振動の周波数はブラックホールの質量と回転によって決まるため、重力波からブラックホールの性質を調べ、一般相対性理論を検証する「ブラックホール分光学」の基礎となっています。
 ところが、回転ブラックホールの準固有振動には、「代数的に特別な周波数」(注4)と呼ばれる特殊な周波数の近くで、モードが二つに分かれたり、突然消えたり、ブラックホールの回転をゼロにした極限へ滑らかにつながらないように見えたりする、不思議な振る舞いが知られていました。こうした現象は約40年前の初期の研究ですでに見つかっていましたが、その全体像や物理的な起源は十分に理解されていませんでした。
 本研究では、準固有振動を特徴付けるグリーン関数の「極」だけを追跡する従来の見方を拡張し、応答がゼロになる「零点」も同時に追跡しました。(注5)さらに、複素周波数空間に存在する複数のリーマン面にまたがって、極と零点がどのように動くのかを詳しく調べました(図1)。
 その結果、図3、図4に示すように、これまで一つのモードが二つに分かれているように見えていた現象は、実際には異なるリーマン面に存在する二つのモードが互いに接近し、交差せずに反発する「擬交差」によって生じていることがわかりました。さらに、近年の研究で明らかになってきた擬交差に特徴的な振る舞いも、本研究で見つかったモードにおいて明瞭に確認されました。また、この擬交差に伴ってモードの励起度が大きく増幅される「共鳴励起」が起こることも明らかになりました。
 一方、ブラックホールの回転をゼロに近づけたときにモードが消えるように見える現象は、準固有振動を表す「極」が、「松原周波数」(注6)と呼ばれるブラックホールの熱的性質に関係する特別な周波数に現れる「零点」と正確に重なり、互いに打ち消し合う「ポールスキッピング」によって説明できることがわかりました。さらに、同様の現象がより高い多重極のモードでも起こることを確認しました。
 今回の結果は、ブラックホールの振動スペクトルを正しく理解するためには、モードを表す「極」の軌跡だけでなく、「零点」との相互作用まで含めて調べることが重要であることを示しています。本研究は、重力波を用いたブラックホール分光学の理論的基盤をより精密なものにするとともに、開放系の複素スペクトルを扱う非エルミート物理や散乱理論、熱的グリーン関数の研究で注目されている「極と零点のダイナミクス」が、ブラックホールの振動においても重要な役割を果たすことを示した成果です。
 
図2:連星ブラックホール合体に伴う重力波の概念図
連星ブラックホールは重力波を放射してエネルギーを失い、互いの軌道を縮めながら周波数を高めつつ、やがて衝突・合体します。合体後、系は乱れた状態から定常なブラックホールへと落ち着いていく過程で、「リングダウン」と呼ばれる特徴的な重力波を放射します。このリングダウン重力波は、ブラックホール固有の減衰振動である「準固有振動」の重ね合わせとして記述されます。 
 


図3:ブラックホールの回転を変えたときの準固有振動の軌跡
ブラックホールの質量で規格化した準固有振動の周波数(横軸)と減衰率(縦軸)を、ブラックホールの角運動量の変化に対して示したものです。右半面は従来から知られていたスペクトルであり、左半面は本研究によって新たに明らかになったスペクトルです。本研究で着目しているのは青線と赤線です。


図4:ブラックホールの回転を変えたときの準固有振動の軌跡を拡大した図(左)と励起因子の軌跡(右)
左図は、本研究で着目する「代数的に特別な周波数」(図中の白丸)付近における、図3の準固有振動の周波数・減衰率の軌跡を拡大したものです。赤線と青線はそれぞれ図3に示した赤線と青線に対応しています。右図は、各モードがどの程度励起されやすいかを表す「励起因子」を、ブラックホールの角運動量を変化させながら複素平面上に示したものです。両図の太線は、同じ角運動量の範囲に対応しています。準固有振動の周波数が互いに近づきながらも交差せず、反発するように離れていく現象を「擬交差」と呼びます。このとき、周波数の軌跡は双曲線を描き、励起因子はレムニスケート曲線を描くことが、本研究の著者の一人である本橋隼人 准教授によって近年明らかにされました。本研究で見つかった擬交差(太線部分)でも、これらの特徴が明瞭に確認できます。さらに、白丸で示した代数的に特別な周波数では、赤線で示した極と黒い破線で示した零点が衝突し、「ポールスキッピング」が起きています。

用語解説
(注1)リーマン面
複数の値をもつ複素関数を一つの連続した構造として扱うために導入される、複数の「面」からなる数学的な構造です。本研究では、通常調べられている面だけでなく、別の面に存在する準固有振動まで追跡しました。
(注2)擬交差
二つのモードの周波数が近づいた際に、そのまま交差するのではなく、互いに反発するように軌跡が曲がる現象です。開放系を扱う非エルミート物理などで知られています。
(注3)ポールスキッピング
極と零点が同じ周波数で衝突し、互いに打ち消し合うことで極が消失する現象です。
(注4)代数的に特別な周波数
ブラックホール周りの重力摂動の従う運動方程式において、解が特別な数学的性質を持つ周波数です。本研究で対象とした準固有振動の異常な振る舞いは、この周波数の近くで現れます。
(注5)グリーン関数の極と零点
グリーン関数は、外部からの刺激に対してブラックホールがどのように応答するかを表す関数です。「極」は応答が非常に大きくなる特別な周波数で、準固有振動に対応します。「零点」は極の逆です。
(注6)松原周波数
有限温度の量子系に現れる特徴的な周波数です。ブラックホールにも温度(ホーキング温度)があるため、それに対応する松原周波数を考えることができます。

 

〇関連情報:
「約30年間の謎をついに解明! ブラックホール重力波に潜む共鳴現象を発見」(2025/04/11)
https://www.tmu.ac.jp/news/topics/37441.html
 

論文情報

Kei-ichiro Kubota, Hayato Motohashi, "Pole Skipping, Avoided Crossing, and Resonant Excitation in Kerr Quasinormal Modes near Algebraically Special Frequencies," Physical Review D: 2026年10月28日, doi:doi.org/10.1103/29n2-dsmr.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

お問い合わせ先

東京大学 宇宙線研究所
特任研究員 窪田 圭一郎(くぼた けいいちろう)
E-mail:kubota@icrr.u-tokyo.ac.jp
 
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻
准教授 本橋 隼人(もとはし はやと)
E-mail:motohashi@tmu.ac.jp
 
東京大学宇宙線研究所 広報室
新木 義人(あらき よしと)
Tel:080-4869-4539 E-mail:arakiyo@icrr.u-tokyo.ac.jp
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