不思議いっぱいの大講堂、大学を見守って100余年 安田講堂 Vol.1
安田講堂は東京大学の象徴として愛されている建物です。正式な名前は「大講堂」ですが、その建築資金を寄付した実業家・安田善次郎(1838-1921)をしのび「安田講堂」と大学関係者は呼んで、大切にしています。1925(大正14)年に完成し、100余年にわたって、大学の歩みを見守ってきました。建築家の千葉学先生に案内してもらいました。千葉先生は2026年3月まで東京大学大学院工学系研究科教授(建築意匠、都市空間デザイン)を務め、2013年からの安田講堂の大規模な改修工事を監修しました。建物の構造と歴史を知り尽くしています。安田講堂には驚きと工夫が満ちていることがわかりました。
ここしかない、一等地を選んだ
安田講堂は、本郷通りに面する正門から銀杏並木を約200m歩いた崖地に建ちます。建設場所を「この崖地に選んだのは非常に秀逸でした」と千葉先生は評価します。講堂までの並木と左右の建物の配置自体が、空間的なデザインになっているのです。

安田講堂側から正門方向を見た眺望と、安田講堂周辺建物の位置関係地図
本郷キャンパスの地図を見ると、正門からの銀杏並木の左右に工学部や法学部、文学部の講義棟などが並んでいます。これらの建物は後に増築されたものもありますが、建設当時は「地上三階、地下一階」が基本で、高さが統一されていました。銀杏並木の向こう、一番奥の正面に安田講堂がそびえます。銀杏は東京大学のシンボルマークやロゴにも使われています。
遠近法で映える空間デザイン
200mも続く並木通りは、大学内の道路としてはかなり大がかりなものでしょう。千葉先生は「一番引きが取れて、非常にシンボリックに作れる場所ということで、ここが選ばれた」と、講堂の用地選びを分析します。
この配置を考えたのは、明治時代後半から大正初めまで在任した濱尾新(はまお・あらた)総長でした。まだ大講堂はありませんでしたが、いつか実現したいと望み、「正門を入ったら万人、自ら襟を正すような雰囲気にしたい」と語ったと伝わっています(『東京大学本郷キャンパス 140年の歴史をたどる』東京大学出版会、2018)。後に完成した大講堂は、幅約55m、高さ約40mの堂々たるものでした。
並木の銀杏について当初は、正門から見て近くには高い木を、講堂側に行くに従って低い木を植え、奥行きが強調されるようにしていたそうです。遠近法で描いた絵のようです。かなたに大講堂を見上げれば、濱尾総長が意図した荘重な構図が見えたでしょう。ただし現在は左右から銀杏の枝葉が繁りすぎ、夏など、季節によっては正門からだいぶ歩かないと大講堂を見通せません。
濱尾総長は退任後の1925年に死去しました。安田講堂が完成したのと同じ年です。全学の授業を休みにして、竣工間もない講堂で葬儀が行われました。
玄関は、建物から切り離された
銀杏並木をなかばまで歩くと、暗赤色のタイル貼りの大講堂が見えてきます。外壁に配置された柱が垂直に伸び、内田ゴシックと呼ばれる重厚な姿です。内田ゴシックは、大正時代から昭和時代にかけて内田祥三・東京帝国大学工学部教授(後に総長)が設計した様式です。本郷キャンパスに多数の建物を残しました。
ゴシック建築は中世ヨーロッパの教会建築で見られる様式で、高くそびえる尖塔や、尖ったアーチが特徴です。内田教授は英国のオックスフォード大学やケンブリッジ大学の建物を参考にしたと言われます。ただし、英国留学の経験はないので、写真を資料にしたのかもしれません。

大講堂本体と砂岩でできた玄関は、互いに力がかからないように改修工事で切り離された
安田講堂の前に立つと、大きな玄関が目をひきます。砂岩でできています。100年余の風雪で、黒く汚れている部分もあります。1969年の学生紛争の火炎瓶で焼けたとも言われていますが、それもふくめて歴史を伝えています。

切り離された隙間は、エクスパンションというカバーでふさぎ雨が入り込むのを防いでいる
この大きな玄関は、実は、後ろの建物とつながっていません。千葉先生に「このポーチ(玄関)を本体から切り離した」と教えられ、初めてわかりました。たしかに、鉄筋コンクリート造の講堂本体と、砂岩で組まれた玄関の間に10cmぐらいの隙間があり、強度をもつ構造としてはつながっていません。隙間はエクスパンションという柔らかいカバーで隙間がふさがれ、雨が入るのを防いでいます。
もちろん、玄関と建物はもともとはつながっていました。しかし、砂岩の玄関は重量があり、材質も強度も建物と違います。しかも次に述べるように、玄関は台地の上にあり、建物は崖の下に基部があります。地震の際にそれぞれの地面にあわせて揺れると、互いにぶつかって損傷するかもしれません。それを防ぐために2013年からの改修で分離したそうです。
正面玄関を入ると3階です
安田講堂の造りは「鉄筋コンクリート造一部鉄骨造 地下1階、地上5階」です。けれども大きな建物で装飾も多いので、外から見るだけではどこが何階かよくわかりません。荘重な建物に圧倒されながら玄関から安田講堂に入ると、そこはなんと3階です。戸惑います。まわりをぐるりと歩くと、そのわけがわかります。
千葉先生が話したように、この講堂は正門からの引きの距離をいっぱいにとるために、本郷台地から弥生の谷に落ちる崖地に建てられました。建物の基部は崖下にあり、そこから立ち上がって、3階から上だけが崖の上に顔を出しています。そのため、台地の上である正門や並木道からは、3階より上しか見えません。玄関は崖上です。そのため、入ればそこは3階です。この階は講堂ホールの1階席と同じ高さで、4階は2階席になります。ややこしいのです。
ホールの下にあたる1階と2階は事務部門が入っています。ちなみに、この崖地の正門側から見て右側の低部に、東京大学のもう一つの名所、三四郎池があります。
表から入っても、そこは舞台裏

大講堂は、入学式や卒業式など様々なイベントの会場となっている
安田講堂では大学の卒業式(写真)をはじめ、講演会やシンポジウムも開かれ、ハーバード大学「白熱教室」のマイケル・サンデル教授の授業が行われたこともあります。学外からの聴衆も参加できる催しもあります。そんな時、表側、つまり正面玄関から入ると、実はそこは講堂の舞台裏側になります。客席には舞台裏をまわりこんで行くことになります。
「講堂としてみると不思議なプランです。たとえば現代の劇場を思い浮かべるとわかる。劇場はだいたいホワイエがあって、入るとすぐ客席ですよ。安田講堂はステージの裏から入ってきているようなものですね」と千葉先生は言います。
それは、安田講堂ができた特別な経緯によります。安田善次郎が講堂の建設資金の寄付を申し出た時、卒業式に来られる天皇陛下の休憩室「便殿」(びんでん)を備えたいという意向を伝えました。そのため、天皇が正面玄関に車で来られて、舞台や便殿にまっすぐ入られるように、舞台を玄関側に造ったのです。千葉先生は「非常にシンボリックな建物だった」とこの講堂にまつわる時代背景を説明しています。そういう時代には、学生たちは建物の裏側から入ったと思われます。現在では、学生も正面玄関側から入ります。
舞台に傾斜あり「ピアノが置けない」
安田講堂の舞台の板張りは「床がちょっと傾いている」と千葉先生は言います。客席からはわかりにくいのですが、舞台に上がって歩いてみると、奥に向かって高くなっているのがわかります。卒業式などで教授たちがひな壇に並ぶとき、後ろの列を高くする工夫だそうです。「これも遠近感をより強調するためでもあります」と言います。千葉先生が監修した2013年からの改修工事に際し、安田講堂を利用するいろいろな団体から「これだとコンサートができない。例えばピアノが置けない」と、水平にする要望が寄せられたそうです。ピアノを置くと斜面を滑って動く恐れがあるのでしょう。結局、講堂の歴史を尊重して、舞台の床板は創建当時のものをそのまま残し、傾きも昔のままにしてあります。
さらに、講堂内は客席側がほぼ半円形になっていて、ステージ近くの声が半円の壁に反響して戻ってきます。残響が強めで、その面でも演奏会や演劇に使うには苦労があるようです。美しいホールの意外な特質ですが、それもこの建物の歴史に伴うものです。
ロマネスク、アールデコ・・・・建築様式が融合する
ホールをとりまく回廊を歩くと、天井を支えるアーチが所々にあります(写真)。正面玄関から入って近いところにあるアーチは丸みをおびたデザインです。玄関や外壁の尖ったデザインとは対照的です。千葉先生によると外側のゴシック風とはちがうロマネスク風です。さらに奥には日本建築の屋根にも見られるような切妻の天井もあります。壁には植物模様のアールヌーボー風のクロス張りの部屋もあり(写真)、床には幾何学模様のアールデコ風のタイル(写真)が貼られています。



安田講堂は「内田ゴシック」と呼ばれることが多いのですが、千葉先生の見立てでは、全体を統括した内田教授のもとで若手の建築家・岸田日出刀(後に教授)が細部の設計と工事の監理を受け持ったと考えられると言います。
「当時、世界では色々な建築のムーブメントが起きていた。モダニズムという現代的な建築に世界がどんどん向かっていくなかで、岸田先生はそういう動きをすごく敏感に感じ取っていたと思う。表現主義の影響が強いと言われることもありますが、この建物には色々な様式が混じっている。当時流行っていた様々な様式を、岸田先生は敏感に感じ取って、それを投影しつつも、内田先生のキャンパスでのデザインを自分なりに解釈して作り直している感じがして、この安田講堂はたいへん面白い」。
千葉先生は、建築史からみた安田講堂をそのように評価し、担当した2人の先輩教授を尊敬しています。建物の細部に様々な工夫があり、それぞれが驚きを呼びます。
次回は、千葉先生が監修した2013年から2014年までの安田講堂修復工事について、手を入れた場所を説明してもらいます。いかに大工事であったかがわかります。

千葉 学
東京大学名誉教授、千葉学建築計画事務所代表取締役
2026年3月まで東京大学大学院工学系研究科教授、キャンパス計画室副室長。建築家として公共施設から私邸まで幅広い建物を設計。
取材:中島 泰


