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真言密教の聖地で対話する科学と芸術と哲学の「高野山会議」|杉山正和

掲載日:2026年6月30日

1200年続く真言密教の聖地で1200年後を見据えて対話する科学と芸術と哲学の「高野山会議」

東大の附置研究所の一つである先端科学技術研究センター(先端研)は、毎年「高野山会議」を開催しています。
科学・芸術・哲学の識者たちを空海が開いた真言密教の聖地に招き、1200年後の世界を考えようという試みです。
前所長の後を継いで2022年から会議を率いる所長に、途方もない時間軸を持つ一大プロジェクトについて解説してもらいます。

人間中心から自然中心の視座へ

杉山正和
SUGIYAMA Masakazu
先端科学技術研究センター 所長

多様な分野の研究者や専門家、宗教者や芸術家などが真言密教の聖地に集まって未来の形を語る「高野山会議」を、2021年から毎年開催しています。キーワードは視座の転換。西洋から発展した科学のあり方を見直すこと、そして人間中心の視座から自然中心の視座への転換がテーマです。

科学の基本は対象を分けて理解しようとする分析にあります。分析を行なう主体は対象から離れる必要があるため、人間と自然を分け、人間が自然を制御しようとする人間中心主義が生まれました。以前はこの考え方が有効で、人類は活動規模を大きく拡げましたが、近年になって地球の限界が露見。自然に生かされていることに気づいた私たちは反省を余儀なくされています。

西洋の思考体系では、人間は自然より上にいて、その上に神がいます。このヒエラルキー型の支配構造を排除し、神も人間も自然も同じレイヤーにいる、フラットで分散・協調的な世界観を持つ必要があります。すべてが分散して複雑につながりながら存在するのが世界の姿であるという、日本が本来持っていた認識に戻るべきではないでしょうか。

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誰もが荘厳さに打たれる「奥の院」へと続く橋。
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参加者がエクスカーションで見学する壇上伽藍。胎蔵曼荼羅を象徴。

弘法大師の世界観に学ぶ

1200年前にこうした世界観を持っていたのが、弘法大師空海です。空海はこの世界観を広めるための道場として高野山を選びました。当地では、自然の霊気のなかで生かされていると実感します。空海がいまも瞑想中とされる奥の院に至る参道の周りには、大師に共鳴した人々の墓があり、敵対した武将同士の墓が隣り合っています。高野山を訪れる外国人の多くは西洋人です。キリスト教を信奉する人も別の世界観や霊感を求めて集まるわけです。

戦争がなくならないのは、空海の世界観が浸透していないからかもしれません。その思想は非常に寛容かつ包摂的です。世界は一つにはなれずともつながることはできる。私は専門家ではありませんが、高野山会議を重ねるなかで、求めるべき社会像は空海の思想にあると思い至りました。

高野山ではディベートをしないのが暗黙のルールです。どれが正解かを決めず、相手の表現を受け止めた上で自分の表現を重ねていく。WAの芸術とデザイン、宇宙と地域、「Why war?」、自他の境界……と話題は自由。何を話してもよいというのは、先端研が科学から政治まで何でも研究できる包摂的な研究所であることと結びついています。

高野山会議は前所長の神崎亮平先生が始めたもので、2回目から私が引き継いで進めています。神崎先生の地元は高野山の麓。昔から高野山の場の力を感じてきたことが、類を見ない試みに結実しました。神崎先生は何度も現地で対話を重ね、2020年に金剛峯寺との連携協定を締結別ウィンドウで開く。1200年の歴史を持つ高野山が外部と協定を結ぶのはこれが初でした。

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2024年のセッション「ひとはなぜ戦争をするのか?」。2025年にも空海像を前に同じお題で対話が行われました。

アート&音楽で感性を豊かに

神崎先生は昆虫の脳の研究で知られます。脳の周縁部は理性を、中心部は食欲など本能に関わる欲や感性を司ります。周縁部が発達したせいで、人間は自然から離れ、人間中心主義に陥りました。自然とつながることでは昆虫のほうが上。自然中心主義に戻るには、生物本来のあり方に立ち戻り、理性の回路を一旦オフにする必要があり、スイッチオフに至る方法が空海の修行だったのではないでしょうか。理性で話すのと同等に、感性によるコミュニケーションを豊かにすることが重要です。

そうした意味から、高野山会議ではトークセッションの後にアートのプログラムを実施しています。感性のコミュニケーションを促すのがアート。理屈だけではすまない人間同士の交流に、感性が役立ちます。相手を尊重しながら自分を表現する五感六感のコミュニケーションにより、異なる要素を組み合わせて複雑な課題にアプローチする試みを、高野山会議では意識して続けています。

2025年には、高野山大学の講堂を舞台に、東京フィルハーモニー交響楽団が特別演奏会を開催し、ラヴェルの「ボレロ」などを空海の肖像画の前でフルオーケストラが演奏しました。循環系の音楽は輪廻転生的な世界観によく合う、とは東京フィルのコンサートマスターでもある近藤薫教授のコメント。西洋音楽のフルオーケストラが高野山で演奏するのは初めてでした。

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添田隆昭高野山大学長(当時)の講義を聞きながら、「阿」字の掛け軸の前で瞑想する「阿字観」を体験。
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弦楽合奏を聴きながら即興で身体表現を試みるインプロヴィゼーションのセッション。
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2024年青少年高野山会議における東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会。「輪廻からの解脱」に至る旅が奏でられました。

万博のイタリア館にも出展

大阪・関西万博にも参加しました。先端アートデザイン分野のロッセッラ・メネガッツォ先生がイタリア館のプロデューサーを務めた縁で、高野山会議のエッセンスを万博へという機運が進展。今回のメイン作品「利他の蓮華」をイタリア館に持ち込み、一日限定で公開しました。高野山で漉いた和紙を折って作った大きな蓮華で、法輪をつかんで歩いて回すと花びらが開閉します。和の伝統と空海の「利他」思想を体現する展示は、万博の和歌山パビリオン、そして金剛峯寺新別殿でも行われました。

1200年の歴史を擁する高野山から、1200年後にも通用する普遍的な価値を発信していきたいという思いが私たちには強くあります。それにはより持続的な運営体制が必要です。次代を創る若者たちがメンバーとなる「青少年高野山会議」を2024年4月に発足させ、JERAと三井住友フィナンシャルグループの支援を受けて2025年10月に一般社団法人社会的価値共創フォーラムを立ち上げたのは、そうした思いから。高校生・大学生や若手アーティスト、志を同じくする企業の皆さんに加わってもらうことが、次の1200年につながる力になります。今後は、先端研が各地で進めている地域連携活動のパートナーの皆さんにも参加してもらえるようにしたいです。

来たる第6回高野山会議は、2026年8月下旬の開催を予定しています。

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空海の「自利利他」を体現する作品として生まれた「利他の蓮華」。2026年末まで和歌山県立博物館に展示されています。
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万博のイタリア館で声明を読み上げた高野山真言宗青年教師会の皆さん。
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金剛峯寺に展示された吉本英樹特任准教授のアート作品「Rain」。流紋焼の陶板に雨のような釉薬が。

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