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免疫の流れを変えて、花粉をブロックする フサコケムシ腸内細菌由来化合物から生まれた新しい花粉症治療

掲載日:2026年4月16日

アドビイメージ画像
©Adobe Stock
 

鼻水やくしゃみ、目のかゆみなど、生活や睡眠の質を低下させる花粉症。日本では有病率が年々増え、今や国民の約4割が罹患しているとの推計もあります。「国民病」とも言われる花粉症に対して、既存の治療薬とは全く異なるアプローチで研究するのは、定量生命科学研究所免疫・感染制御研究分野 (新藏研究室) 助教の森田直樹先生です。

腸管免疫や粘膜免疫が専門の森田先生らが着目したのは、花粉症を引き起こす免疫反応そのものではなく、免疫の流れです。スギ花粉などの抗原が体内に侵入すると、骨髄(Bone marrow)で成熟し、抗体を作り出すリンパ球の一種「B細胞」が、アレルギー反応を引き起こす抗体の一種「IgE」を作り出します。この抗体が肥満細胞などに結合し、再び花粉が侵入した際にヒスタミンなどの化学伝達物質の放出を引き起こすことで、くしゃみや目のかゆみといった花粉症特有の症状が現れます。

現在の花粉症治療の中心は、抗ヒスタミン薬やステロイド薬など、すでに起きてしまったアレルギー反応を抑える対症療法ですが、森田先生たちは、花粉症の原因となるIgE抗体の代わりに、粘膜表面で異物の侵入をブロックするIgA抗体を作り出すように誘導できないかと考えました。

「IgEに向かってしまう免疫の流れを、IgAへと変えてあげる。免疫反応自体を止めるのではなく、免疫の流れを変えてあげるということが私たちの研究の重要なポイントです」

免疫の流れを変える「ブリオスタチン1」

B細胞がどの抗体を産生するかは、胸腺(Thymus)で成熟するリンパ球の一種で、免疫反応を調整するT細胞などの免疫細胞から分泌される、「サイトカイン」と呼ばれるたんぱく質の指示によって決まります。この指示を受けてB細胞は、IgEやIgAといった抗体を作るようになります。

森田先生らは、IgEではなくIgAへのクラススイッチを誘導できる化合物はないかと考え、約6000種類の化合物をスクリーニングしました。その中から見つかったのが「ブリオスタチン1」。フサコケムシという海洋動物の腸内細菌が産生する天然化合物です。抗がん剤やアルツハイマー病治療薬として、海外で複数の臨床試験が行われていて、これまでのところ、重篤な副作用は報告されていません。

スギ花粉症モデルマウスを用いた実験では、スギ花粉とともにブリオスタチン1を鼻から投与することで、IgE抗体の産生が抑えられ、代わりにIgA抗体が増加しました。その結果、くしゃみや結膜炎といった花粉症の症状が有意に軽減されたといいます。鼻から投与するため、仮に副作用が生じた場合でも局所にとどまる可能性が高い点も、この治療法の利点ではないかと森田先生。

ブリオスタチン1の効果は、ブタクサ花粉でも検証済みで、「花粉症の原因となる抗原を問わず効く薬になるのでは」と考えています。マウスのレベルでは、食物アレルギーの症状を抑える効果も確認できているそうです。今後は海外の研究者とも連携し、臨床試験を進める予定です。

ブリオスタチン1の構造式
胚細胞
花粉症モデルマウスの肺組織。左:正常な状態、中央:花粉症による炎症、右:ブリオスタチン1投与により炎症が抑えられた状態。 

さまざまな治療につながる免疫研究

腸管マクロファージ
顕微鏡で観察した腸管組織。マクロファージ(緑)が腸の組織(赤)の中に分布しています。

森田先生が免疫学に興味を持ったきっかけは、大阪大谷大学薬学部生時代。授業で、T細胞やB細胞といった免疫細胞が体内の隅々まで動き回り、異物の侵入を監視していることを学び、「免疫細胞を研究すればさまざまな疾患の治療に役立つのでは」と考えたといいます。実験の面白さを知ったのは腫瘍免疫のゼミでした。腫瘍を植え付けたマウスに、免疫細胞を活性化させる薬を投与すると、腫瘍が徐々に小さくなっていったと当時を振り返ります。その様子を観察し、研究者の道に進みたいと思うようになりました。

その後進学した大阪大学医学系研究科では、竹田潔教授のもとで、腸管内に存在するマクロファージと腸内細菌の相互作用について研究を行いました。博士号取得後は、いったん海外の大学や研究機関で研究するのが「王道」だそうですが、森田先生はあえて国内を選択。2019年に定量生命科学研究所の新藏礼子教授の研究室に着任しました。

「日本の免疫学は、世界トップレベルです。海外での生活や研究環境の立ち上げに時間を費やすよりも、研究そのものに集中したいと考えました」

腸内細菌のメカニズムに挑む

定量生命科学研究所の森田助教
定量生命科学研究所の森田直樹助教

現在は花粉症治療薬研究と並行して、腸内細菌研究にも取り組んでいます。人間の腸内に100兆個ほど生息するともいわれる腸内細菌。その多くはまだ謎に包まれています。さまざまな病気の患者さんの腸内細菌を調べて、疾患に関わっている腸内細菌などを明らかにしようとしていますが、そこからさらに一歩踏み込んだ研究をしたいと森田先生。

「悪い腸内細菌は実際に何をしているのか。どんな代謝産物を作り、それが体の細胞や分子にどのように作用して、最終的に病気につながるのか。そこを突き詰めたいと思っています」 

長期的には、腸内細菌をターゲットにした新しい治療法も確立したいと考えています。研究が思うように進まない時は、悩み続けるよりも「まず手を動かす」ことを大切にしてきたという森田先生。「こんなことだったら面白いな」というアイデアを実際に自分で検証できるのが、研究者の醍醐味だと話します。「オリジナリティを大切にして面白い研究に取り組んでいきたいです。それを自己満足で終わらせるのではなく、その成果を社会に還元していきたいです」

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