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万博の大屋根リングに込めた都市木造の構想とは?|腰原幹雄

掲載日:2026年3月31日

巨大木造建築を構造研究者として後押し
大屋根リングに込めた都市木造の構想とは?

大阪・関西万博のシンボルとして注目された大屋根リング。
全周2kmの巨大木造建築の実現を目指す設計者たちを、後方から構造研究者として強く支えたのが、木質構造学の腰原幹雄先生です。
当初実現が困難と思われたチャレンジを可能にしたシステムは、将来の循環型社会にふさわしい都市木造の構想を体現する取り組みでもありました。
木材のリユースに向けていまも大屋根リングに携わる腰原先生に聞きました。

1 は中層木造建築の嚆矢となった金沢エムビル(2005年)の模型。2 高さ約150mの霞ヶ関ビルを200mにして木造で建てたら…との構想によるシミュレーション模型。「丸の内に高さ100mの高層木造ビルを建てる計画が2028年度竣工を目指して動いています」(腰原)。3 は大屋根リングの1/10模型です。

寺社建築のヌキを採用

腰原幹雄
KOSHIHARA Mikio
生産技術研究所教授

私は建築構法を主な研究分野とする構造研究者です。どう作るか、どう維持するか、耐震性をどう確保するかまでをも担うのが構造研究者。そのため、耐火性能も法律も森林資源や木材の問題も知らないといけません。そもそも建築は統合学ですが、なかでも構造研究者には全体を俯瞰する力が求められます。

大屋根リングについては、当初から実現が難しいという声があり、工期の面から見ても鉄骨でないと無理だと多くの人が考えていました。そんななか、設計者の藤本壮介さん別ウィンドウで開くから、木造では本当に無理なのかという相談を受け、構造研究者として、できないことはなかろうと答えました。

清水寺のように縦横の材だけで構成される伝統木造建築には、ヌキ(貫)という部材が使われています。柱を貫く水平材で木材同士の抵抗を高めるわけです。そこで問題となるのは柱の太さ。昔は70cm以上の太い丸太が使われましたが、大屋根リングでは少し細めの42cm角の角材を使いたいとのこと。柱が細いと十分な強さが出ないので、金物で接合部を工夫する道を考え、金属パーツをつけてヌキを潰れにくくすれば十分な強度が得られることを実験で確認しました。

大きな木造建築を2km分も作るなら、繰り返しのシステムが必要です。会期後のリユースを踏まえ、枠組みだけの本体に床を張って使う構造としました。ヌキは抜き差しができて組み立ても解体もしやすいのです。扇形の構造物にして部品が増えるのを避けるため、109個の四角いユニットを少しずつ角度をつけて円状に配置する形にしました。万博後に109個のユニットを並べ直して壁や窓や床をつければ、2kmの商店街を作ることも可能です。こうしたシステムを考え、設計者の背中を押すのが私の役割でした。

都市部に木造の中高層建築を

私がずっと取り組んできたテーマは、都市木造です。日本では昔から木造の住居が多いのに、中高層のビルといえば鉄筋コンクリート造や鉄骨造ばかり。大型の木造建築もありますが、床数が多いものはありません。東大寺大仏殿も出雲大社も平屋で階は1つ。床が多い木造建築が現れるのは江戸時代の物見櫓や城郭の天守です。

都市部では地価が高いので床を増やさないと経済的に合いませんが、木造だと火災の懸念が残るため、明治以降に木造を排除する動きが進みました。2000年に建築基準法が改正されて木造の中高層建築が作れるようになり、私が携わった金沢エムビル別ウィンドウで開くをはじめ、中層木造の事例が現れてきました。実は大屋根リングには、こうした都市木造の構想を進めるためのアイデアが組み込まれています。

大屋根リングの基本設計は藤本壮介さんと東畑建築事務所で、実施設計と施工はゼネコン3社です。工区は3つ。部材のサイズや柱の間隔は共通とし、接合部の設計は施工者次第でした。こうなると、最終的に誰が設計したのかはわかりにくくなる。都市木造を普及させるというのはまさにそういうことです。システムを共有しつつ、現場ごとに工夫の余地があるなら皆が積極的に関われます。今後広まるべき都市木造のスタイルを先駆けて実装したいという思いが私にはありました。

大屋根リングの1/50模型。柱と柱の間は3.6m。「3.6×3.6mというと8畳間とほぼ同じ。人の空間としてちょうどよいサイズです」(腰原)
生産技術研究所の前身である東京帝大第二工学部は西千葉にありました。閉学後は生研西千葉実験所として使われましたが、2017年に柏へ移転。「取り壊された木造校舎の一部(模型の部分)が保存され、いつか展示される日を待っています」(腰原)
二工木造校舎アーカイブズ別ウィンドウで開く

リングの木材にかかる外力を計測

国交省は昨春、万博の仮設建築のリユースについての考え方として、地震、風、雨などの力が想定以上に加わっていないことを条件とする考え方を示しました。たとえば、木材は含水率が上がると腐りやすいため、雨が問題です。大屋根リングは屋外とも屋内ともいえず、外側と内側では濡れ方が違います。

実際の基準を示すための裏付けが必要で、大屋根リングの木材がどんな環境下にあったのかを計測することになり、私たちの研究グループがその調査を行っています。万博会期中、夜11時から始発までの間にリングを3周して測定機器を設置し、地震、風、含水率、温度・湿度の変化を測定し分析してきました。いろいろな方向を向いた同じユニットが2km分もあり、研究の面から見ても興味深い調査です。

万博ではほかに、地球環境産業技術研究機構の「RITE 未来の森別ウィンドウで開く」というCO2回収の実証プラントにも関わりました。平らな屋根部材をクレーンで持ち上げるとドーム状になる、集成材の折り紙のような建築物です。会期後に移築する計画があり、大屋根リングと同様のセンサーをつけました。

都市木造に貢献する集成材リユースの基準を示す

こうしたデータを取って分析すれば、今後の集成材リユースの基準として役立ちます。無垢材のリユースの基準は従来からありましたが、集成材についてはありませんでした。一度使った集成材をリユースする仕組みも、都市木造には重要です。太い無垢材の入手が困難になっており、大きな木造建築を作るには細い木材を束ねた集成材の活用が必要なのです。山に生える木はまっすぐなものだけではありません。使いにくい曲がった木を切って束ねて再構成するのも集成材の役割です。

日本では戦後に植林した木が余っています。伐って新たに造林しないと近い将来、樹齢50年ほどの木材がなくなる可能性もあり、早く木を切って都市木造として貯蔵し、新しく木を植えたほうがいいかもしれません。新しい木のほうが光合成を活発に行います。山を元気に循環させるには木を更新したいという状況です。都市部に森林資源を仮置きしようという「第2の森林」の考えも、都市木造の構想には含まれます。

1970年の大阪万博では建築的な挑戦がありました。メインゲートの広場に立体トラス構造のスペースフレーム(立体格子)が出現し、空気膜の構造も生まれました。万博には新技術を提案する見本市の側面があります。今回の大屋根リングでは、巨大な木造建築を作る、都市木造につながるシステムを提示するという二つの挑戦がありました。都市木造では建築に関わる人がもっと多くなるはず。後世の皆さんから、多くの人が協働できる仕組みが今回の万博を契機に進んだと言われることを願っています。

腰原先生がCLT(直交集成板)の実大の振動台実験で使った材をリユースして神戸に建てたCLT Café(2016年)。
都市木造のヴィジョンと技術別ウィンドウで開く』(オーム社、2012年)
著者のteam Timberizeは木造建築の新しい可能性を探るNPO法人。腰原先生が理事を務めています。

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