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乳酸、低酸素、集団走に脚スティッフネス……淡青色のランニング関連研究 /箱根駅伝2026記念企画

掲載日:2026年1月7日

乳酸、低酸素、集団走に脚スティッフネス……淡青色のランニング関連研究

東大陸上運動部の本多健亮選手と秋吉拓真選手が、関東学生連合チームのメンバーとして箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)に出場し、2026年新春の箱根路を駆け抜けました。2019年大会の近藤秀一選手、2020年大会の阿部飛雄馬選手、そして2025年大会の襷リレーと、特に近年になって何度も大会を盛り上げているのが、東大陸上運動部の長距離陣です。こうした活躍の裏には、乳酸計測を核としたトレーニング強度と休息の設定に関する知見と蓄積があります。駒場の身体運動科学研究室とスポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)の研究者への取材を通し、ランニングに関連する東大の研究について紹介します。

「給水おじさん」直伝の乳酸研究をトレーニングに活用

竹井尚也助教
陸上運動部のホームである駒場第一グラウンドの観客席ベンチに座る竹井尚也助教。

箱根駅伝2025で注目を集めた「給水おじさん」こと八田秀雄先生は昨年度で東大を退任されましたが、UTSSIと身体運動科学研究室、そして陸上運動部では、その薫陶を受けた後輩たちが活躍を続けています。

「八田先生には常にのびのびと育てられました」と語るのは、総合文化研究科の竹井尚也助教。恩師の代名詞である乳酸代謝の研究を学び、受け継いできた研究者は、高校時代に100mで国体3位、早稲田大学時代に4×100mリレーで全日本インカレ2位という実績を持つスプリンターでした。

「腰のヘルニアで苦しむ日々を経て、修士課程から八田研究室に入り、2016年から陸上運動部のコーチも務めてきました。運動後の血中乳酸濃度変化とパフォーマンスの関係性の研究を部のトレーニングに活用しています」

乳酸は運動で糖を使った際に筋肉でできて血中に出てくるもの。筋肉の状況を間接的に伝えるのが血中乳酸濃度です。運動強度を上げると血中乳酸濃度が急に増える点(LT=乳酸性作業閾値)が現れ、さらに強度を上げるともう一つの上昇点(OBLA=血中乳酸蓄積開始点)が出現。このLTとOBLAで分ける3ゾーンモデルを軸に負荷と休息を調整することが、パフォーマンス向上につながります。昔から知られるモデルですが、競技レベルへの応用はあまりなされていませんでした。3分走と1分休を繰り返す選手の指から微量の血液を採取し、分析を進めた結果、わかったのは陸上界の常識と違う事実です。

「単純に言えば、中強度よりも高強度の運動を増やして休憩を十分取るのがよいということ。選手は休憩を短くして多く走りたがるものですが、本人の感覚とデータという2つの物差しを擦り合わせることが重要です」

箱根ランナーのデータで効果を実証

大きいのは2019年大会で箱根を走った近藤秀一さん(現・コーチ)の存在でした。学業に時間を取られて練習時間が足りず、走行距離も少なかった近藤選手は、2016年から始めた乳酸計測をもとに、効果的なメニューを竹井先生とともに構築し実践。成果は如実に表れ、他大の選手の6割ほどの走行距離でも十分戦えることを実証したのです。

「データを理解し、他と違う戦略を立て、それをしっかり実行できるのが、東大陸上運動部の長所だと思います」

運動生理学の竹井先生がもう一つ進めているのは、低酸素環境下で運動する際の生理応答とパフォーマンスの関係についての研究。低酸素環境というストレスがかかるとより効果的に筋肉に血を送ろうとして、生理学的な適応が起こり、パフォーマンスが上がるというメカニズムの解明です。UTSSIで整備が進む低酸素室はその格好の実験場。ここでも、高いレベルの競技者のデータを活用できることがアドバンテージになります。恩師と教え子との関係とは違い、トレーニングではいかに高いストレスをかけるかが重要です。

脚のバネを調節する筋と腱の連携メカニズムに迫る

竹下大介准教授
身体運動科学研究室(UTSSK=UTokyo SPORTS SCIENCES at Komaba)の看板がかかる駒場9号館入口に立つ竹下大介准教授。

一方、バイオメカニクス(生体力学)と神経科学を組み合わせて運動メカニズムの解明を進めているのは、学部時代にサークル(LBJ ski team)で基礎スキーに夢中だったという竹下大介准教授。「スキーの動作解析をしたいと思って大学院に進んだものの、雪山での測定は大変と聞いてあっさりあきらめました」と振り返ります。

所属したのはカンガルーのロゴが目印の研究室。先輩が取り組んでいた、周期的な運動中の筋肉に共振が起こって筋線維の長さ変化が小さくなるという研究に刺激を受けたことが、力学・数理モデルを使って身体運動のメカニズムを理解するスタイルにつながりました。

研究テーマの一つが、ジャンプ動作中の脚のバネを調節する筋と腱の連携メカニズムです。しなやかに躍動する選手を「バネがある」と表現することがありますが、走行やジャンプの際は実際に脚全体がバネのように働いているそうです。

「この動作を記述する指標が「脚スティッフネス」です。これが高いほど脚はより「硬いバネ」として機能し、素早い動作が可能になります」

連続ジャンプ実験で見えた新発見

竹下先生は、研究室の博士課程に所属する栗山一輝さんとともに、筋肉と腱の連携を調べるために、テンポの異なる連続ジャンプ(ホッピング)動作の実験を行ないました。栗山さんは東大陸上運動部長距離パートOBでマラソン2時間25分台の記録を持つエリートランナーです。膝をできるだけ伸ばすよう被験者に指示し、三次元動作解析システムとフォースプレートで身体の動きと力を測定。異なるテンポにおける筋-腱複合体の力学的特性を分析すると、興味深い発見がありました。

「テンポが遅い場合は筋線維がほぼ一定の長さを保つのに対し、テンポが速いと筋線維が力の増加する局面で短縮することで、筋-腱複合体をより硬くしていました。速いテンポに対応するために、脚をより硬いバネとして機能させていたんです」

脚のバネは、筋線維の収縮パターンを変えることで調節されている——この知見は、様々な動作における筋線維の役割を理解する新たな視点を提供します。たとえば陸上競技においては、個々の選手の特性に基づいた最適なランニングの歩幅や接地時間を身につける指導法の開発に応用でき、効率的なフォームの実現に役立つ可能性があります

「筋線維の長さ変化が少ない時にエネルギー効率がよいと考えられ、小型のカンガルーやケニア人のエリートランナーがホッピングした際にそうなっていることを示す研究もあります。ただ、ホッピングとランニングでは複雑さが大違い。今後、理論を一次元から二次元へと拡張したいですね」

陸上競技の経験はなく、走るのはご子息のサッカーで審判を務める際くらいですが、研究の傍ら身体運動・健康科学実習(スポ身)の教員として実技指導も行なっている竹下先生。毎冬のスキー実習では、学部時代に培った技術で学生たちを教えています。教育と研究の共振は「スポ身」の大きな醍醐味です。

長距離走に効くのは一人か二人かそれとも集団か

古川大晃さん
2025年8月の天草マラソン2025にゲストランナーとして参加した際の古川大晃さん。

箱根駅伝2025で秋吉拓真選手から襷を受けたのが、古川大晃選手です。当時は総合文化研究科身体運動科学研究室の大学院生でしたが、現在は京都工芸繊維大学で特任助教を務めながら年に5回ほどマラソン大会に出場しています。所属する研究室の主宰は村上久先生。歩きスマホと集団の歩行速度の関係を示し、先端科学技術研究センターの西成活裕教授らとともに2021年イグ・ノーベル賞を受賞した認知科学者です。

「博士1年の頃に見た展示会で村上先生の研究を知りました。とても面白くて、すぐメールをお送りしたのを覚えています」

古川さんの研究テーマは自身の経験に基づいています。その一つが、近くを走るランナー同士のピッチが近づく同期現象。感覚的に指摘されることが多いこの現象が実際に起きているのかを確かめ、同期がパフォーマンスにどう影響するのかを調べるものです。

行なったのは、100m走やマラソンの試合動画解析と、トレッドミルでランナーを走らせる実験。実験では、2人のランナー間に壁を入れ、姿が見えない条件も設定しました。動画解析では、同期現象の存在を定量的に確認。実験では、視覚情報より聴覚情報のほうが同期に影響することが判明しました。姿を見るよりも足音を聞くことから同期が進むわけです。そしてもう一つ、面白い発見がありました。

「生理的負荷と心理的負荷を表す指標を測ったところ、他者の視覚情報が影響していました。他のランナーを見ながら走ると心拍数が下がっていたんです」

意識が外に向かうと負荷が下がる!?

古川さんによると、重要なのは注意の焦点。意識が自分の内でなく外に向かった場合に生理的負荷が下がるようです。先行者の背中を見ながら走ると楽というのはランナーの実感どおりですが、空気抵抗が影響しない条件でのこの結果はやはり発見と言えそうです。

「もちろん先頭に立って飛ばしたほうが楽に感じる場合もありますが……。今後は、先行者が自転車に乗っている場合はどうなのか、走らず立っているだけの場合はどうなのかなど、条件を変えて調べたいと思っています」

これまでは2人のランナーの関係に注目してきましたが、現在の研究室で過ごすなかで大人数集団の関係にも興味が広がったと古川さん。注目するのは1万人規模のマラソン大会のビッグデータです。

「全体のラップタイムデータを分析して、集団の密度とフィニッシュタイムの関係を探る計画を進めています。ランナー集団のダイナミクスに迫れれば、と」

東大陸上運動部ではライバルたちと切磋琢磨した古川さん。研究は研究室の仲間の姿を見ながら進めますが、ランナーとしては単独走で心拍数を上げる時期かもしれません。

箱根路を走る選手たちの応援に駆けつけた八田先生。

箱根駅伝2025の「給水おじさん」こと八田秀雄名誉教授よりひとこと

箱根駅伝では応援ありがとうございました。往路復路どちらも東大の選手が走ったというのは、チームとして出た第60回大会以来の42年ぶりのことでした。実は大学院生が箱根を走るには、大学院生でチームを組めることが必要で、それは現状東大しかできないことであり、東大の持ち味が出ています。

こうした活躍には、3人の先生が書かれているように、スポーツ科学の貢献があります。ここで取り上げられていることだけでなく、フォーム分析、装備に関する進歩と改良、トレーニング科学の発展などもまた重要です。またUTSSIの研究には、運動で健康増進を目指す内容も大事なことです。今後、競技スポーツと健康増進のための運動と、どちらについてもさらなる成果を上げていただきたいと願っています。

もちろん東大スポーツの競技力の向上にも期待しています。それには練習施設の充実も必要です。駒場の陸上グラウンドは去年の東京世界陸上で投擲種目の練習会場として使われています。しかし全体としては東大の運動施設は、他大学に比して必ずしも充実しているとは言い難い面があります。東大スポーツの強化に必須の運動環境の維持向上には、今や卒業生の寄付が重要というのが現実です。箱根駅伝では、多くの方に沿道で応援していただきました。これをきっかけに寄付の充実による運動施設の進化にも繋がってほしいと願っています。

東京大学スポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)

スポーツ科学の研究を通じて競技力の向上や理解の深化を図り、幅広い人々の心身の健康問題に取り組むことをミッションとして、2016年に設立された組織です(機構長:野崎大地)。2024年以降、スポーツパフォーマンス科学(エイジェック)身体性情報ネットワーク(クボタ)アジア・ウェルビーイング研究(ヤクルト)という3つの寄附研究部門を設置。スポーツに関わる教育・研究を通じた社会貢献を標榜する東京大学の先頭を走っています。

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