将棋棋士、AI研究者、そしてお笑い芸人としての顔も持つ多才な大学院生がいます。
自動運転AIの研究と将棋の関係とは?
「不利飛車」とも呼ばれる戦法にこだわる理由とは?
人間らしい将棋AIの条件とは?
将棋に関する寄稿や出演を続けてきた愛棋家の政治学者が、対談を通して迫ります。
対談日=7月24日(法学部3号館にて)
谷合廣紀TANIAI Hiroki
将棋棋士/情報理工学系研究科博士課程
境家史郎SAKAIYA Shiro
法学政治学研究科教授
境将棋との出会いはいつ頃でしたか。
谷小学校に入る前、アマ有段者の祖父から教わりました。親に勝てたのが嬉しくて、千駄ヶ谷の将棋会館に連れて行ってもらい、道場で指すようになりました。
境大学受験はどうでしたか。将棋の修行と両立させたというのが信じられません。
谷高3の頃は受験勉強が100%で、将棋が息抜きでした。将棋の勉強はほぼせず、受験勉強に集中する1年でした。
境ホッとしました(笑)。学生生活はどんな感じでしたか。
谷酒を飲んだり麻雀を打ったり、普通の大学生でしたよ。サークルは将棋部でした。大会には出られませんが、空き時間によく学生会館で指しました。アマのトップ級が揃っていて、2割強は負けた感じです。
電王戦に刺激されて情報系へ

境AI研究に進んだきっかけは?
谷入学した頃、プロ棋士とAIのどちらが強いかを競う第一回電王戦(2012年1月)がありました。これが気になり、AIについて知っておこうと、「進振り※1」で情報系を選びました。
境現在は博士課程で休学中ですね。
谷将棋が忙しくて研究に時間が取れないんです。博士号を持つプロ棋士になれたら初ですが、どうするか未定です。
境修士課程ではどんな研究を?
谷主に運転支援に関わるAIです。たとえばフォークリフトのオペレーターを支援するためのAIを開発していました。根底の数学的な裏付けは将棋AIと同じです。
境将棋ソフトの「激指」を使ったことがあります。難易度設定で強くすると全然勝ち目がない。弱くするとわざとらしい悪手を出してくる。いい感じに負けてくれるAIがほしいです。言語AIだともう自然なやりとりができますが、将棋AIはそうならないでしょうか。
谷将棋・囲碁のAIの場合、DeepMind社のAlphaGoで学術的には研究し尽くされた感があるので、実は最近、人間らしい強さを持つAIの研究が盛んになりつつあります。
境政治の世界もAIに任せたほうがいいという考えも出てきています。
谷政治自体をAIがやるのはまだ先でしょうが、選挙ではAI活用が進んでいますね。政治と市民との距離がAIによって縮まるといいなと思います。
※1 現在は「進学選択」
振り飛車は「不利」にあらず
境谷合さんはAIが低く評価する振り飛車※2にこだわっていますね。それはなぜでしょうか。
谷AI同士が居飛車対振り飛車で戦った際の勝率は約6対4です。実はそれほどの差はありません。プロ棋士では居飛車が7割で振り飛車が3割程度。当然、対戦機会が多い居飛車はよく研究され、振り飛車の対策は後回しになりがち。居飛車相手だと自分の経験値のほうが大きい状態で戦える、少数派の利を生かせる、というのが理由です。
境振り飛車はむしろ有利。ゲーム理論的な考え方で興味深いです。アマは振り飛車が多いですよね。
谷居飛車に比べると、何を目指しているのかが伝わりやすい戦法だと思います。
境最近の将棋の中継では一手ごとにAIの評価値が示されます。我々アマチュアは、手の意味がわからなくても評価値を見て「ミスった!」などと楽しんでいます。
谷特にライト層のファンに非常に有効です。将棋のエンタメ力が大きく上がりましたが、以前より棋士があれこれ言われやすくなったのには少々複雑な思いもします。
境プロ棋士は雲の上の存在でしたが、AI評価値の登場で地上に降りてきた感があります。斜陽になる道もあった将棋は、AIとの共存を選んで成功しましたね。
谷これだけAIが強くなっても、AI同士の対局は人気がありません。人は人間同士の戦いを、ミスも含めて応援してくれるのだと思います。
※2 序盤に飛車を左に展開する戦法


質の高い学習が大局観を作る

境将棋で大切だと言われる大局観とは何でしょうか。経験を積むと、だいたいこうだと見えてくると聞きますが。
谷結局はパターン認識だと思います。有効なパターン認識に至るには、クオリティの高いデータを多く学習することが重要です。いまの将棋は昔より大きくクオリティが上がっています。学習の数が同じでも、いまの人はより質の高い棋譜に触れている可能性が高い。たとえば藤井聡太さんの大局観は、そのようにして備わったのかなと想像します。
境よく学習しないといけないとなると、つまらないですよね。運で勝てる部分もゲームには重要だと思います。
谷普段向かい合っている将棋には運の要素がないからこそ、将棋界の人は運の要素がある麻雀やポーカーを好むんでしょうね。
境麻雀だと負けても「配牌がよかったんだろ」と思えますが、将棋だと実力で負けた感が強い。将棋を生業にする棋士はやはりすごいなと思います。
谷駒の数も機能も投了までの手数も、将棋は人間がやるのに最適なゲームです。ただ、AI同士で戦うと先手の勝率が7割5分ほど。後手の不利が判明しつつあります。人同士の対戦での勝率はいま5割4分ほどですが、これが6割を超えたら何かしらの調整が必要でしょう。もしかすると、先手の持ち時間を減らす時代になるかもしれません。
境今後の展望を教えてください。
谷基本は将棋ですが、そこから派生する活動、特にAI開発者だからできることもがんばりたいです。一つは、話に出た人間らしいAIを作ること。たとえば最善手に至る難易度を数字で示せないかと思っています。自分が強くなるための将棋勉強ツールも作りたいです。いまの将棋AIより使い勝手のよいツールを作って強くなるのが理想です。
境谷合門下にだけ継承される秘伝の将棋AI……楽しみです。

- 谷合さんの著書
『AI解析から読み解く 藤井聡太の選択』(マイナビ出版、2021年) - 雑誌『将棋世界』の人気連載「藤井将棋観戦ツアー」をまとめた一冊。

- 境家先生の著書
『戦後日本政治史 占領期から「ネオ55年体制」まで』(中公新書、2023年) - 憲法をめぐる対立に着目して戦後政治をたどり、日本政治の現在地を見極めます。