TOPPANホールディングスと東京大学が共同記者会見を開催 エンダウメント型研究組織「AIイノベーション研究センター」を2026年7月に開設
2026年6月15日、TOPPANホールディングス株式会社(以下、TOPPANホールディングス)と国立大学法人東京大学(以下、東京大学)は、エンダウメント型研究組織「AIイノベーション研究センター」の設置に関する共同記者会見を、東京大学本郷キャンパスの安田講堂大会議室で開催しました。東京大学からは藤井輝夫総長、大学院工学系研究科の津本浩平研究科長、センター長に就任する松尾豊教授が、TOPPANホールディングスからは大矢諭代表取締役社長COO(以下、大矢COO)、鈴木浩常務執行役員CTO(以下、鈴木CTO)が登壇しました。

AIイノベーション研究センターの設立を前に握手を交わす東京大学・藤井総長(左)とTOPPANホールディングス・大矢coo(右)
本研究センターは、TOPPANホールディングスから東京大学への寄付を原資とし、その運用益を事業財源とすることで、長期的・安定的な研究活動を支える「エンダウメント型」の研究組織です。東京大学の最先端のAI関連技術・研究開発力に、民間企業が培ってきた多様な事業領域の実務知やデータを掛け合わせ、産学連携によるAI研究と社会実装を進めます。2026年7月1日の開設を予定し、松尾豊教授がセンター長を務めます。
センターの狙い:基礎研究から社会実装までを一貫して推進
本研究センターは、AIの基礎研究から社会実装までを一つの枠組みで担います。研究成果を短期の実証で終わらせず、データ基盤の整備、実環境での検証、セキュリティ設計、運用を通じた改善までを視野に入れ、社会の中で実際に機能するAIの「設計と実装の方法論」を築くことを目指します。あわせて、研究のプロセスそのものを人材育成の場と位置づけ、AI時代を牽引する次世代リーダーの育成にも取り組みます。
東京大学のビジョン:エンダウメントの拡充で、自由な発想を支える

エンダウメントの拡充への注力を語る藤井総長
冒頭、藤井総長は、次世代の研究者が独立した環境で自由に発想し研究を進められるよう、長期にわたり安定的に使える基金(エンダウメント)の拡充に東京大学が力を入れていると説明しました。創造的で公共的な成果を生み出し、世界へ還元していくには、それを支える財政基盤の強化が欠かせないとして、本研究センターの開設に向けたTOPPANホールディングスの支援に謝意を述べました。
両者は2024年10月に社会連携講座「サプライチェーンの全体最適の科学と実践」を開設し、需給最適化に資するAI技術の共同研究を進めてきました。藤井総長は、今回のセンターをこの連携をさらに発展させるものと位置づけ、急速に進化するAI時代において、その活動がウェルビーイングな社会の実現と豊かな未来を照らす原動力になることへの期待を語りました。
TOPPANホールディングスの構想:現場課題を起点に、社会課題を再定義し実装へ

現場課題を起点とした社会課題の再定義と、社会実装への意志を述べる大矢COO
続いてTOPPANホールディングスの大矢COOは、少子高齢化や労働力不足、医療・介護費の増大、サプライチェーンの分断、気候変動など、複雑に絡み合う社会課題が深刻化していると指摘し、これらは一企業だけで解けるものではないと強調しました。
TOPPANグループは印刷を原点に、情報・生活・エレクトロニクス・デジタル・セキュリティなど幅広い領域へ事業を広げ、約2万9千社の顧客との取引を通じて、物流・製造現場の高度化や医療・介護の人手不足といった現場のリアルな課題に日々向き合っているといいます。大矢COOは、個別企業の課題に見えても、俯瞰すれば「データの分断」「現場知見の未活用」「需要と供給のミスマッチ」という共通の構造があるとし、これをデータの観点から捉え直し、AIで解決の道筋を高度化することが重要だと述べました。
その上で、センターにおけるTOPPANホールディングスの役割として、(1) 現場で把握するリアルな課題から社会課題を再定義して提供すること、(2) 大学が導く公共性の高い知見や方法論を受け止め、一過性で終わらせずに社会実装へつなげること、の二つを挙げました。
工学の知を社会へ:AI時代の設計論を体系化し、実環境へ展開

AI時代の設計論の体系化と、実環境での検証・展開の方針を示す津本研究科長
津本研究科長は、気候変動や超高齢化、サプライチェーンの複雑化など、解決の難しい課題に直面し続ける現代において、工学には「あるべきビジョンを描き、具現化する」役割が求められると述べました。生成AIやエージェントAIの進化が産業構造を変えつつある一方で、設計・生産プロセスの変革はなお個別の事例にとどまり、体系的な知識として整備されていないことを課題に挙げました。
変革のイメージとして津本研究科長が示したのが、発注業務です。人間がAIの予測を参考に発注する段階から、AIエージェントが自律的に発注を担い、人間は定型業務を離れて戦略やポリシーの決定に集中する。こうした構造の転換を目指すといいます。
本研究センターでは、社会課題をデータの観点から再定義し、分野横断のAI研究を進めるとともに、ロボティクス、モビリティ、医療・ヘルスケア、SCM=サプライチェーンマネジメント、新規材料開発など幅広い領域で産業実装を推し進めます。エンダウメント型の恒久的な基盤だからこそ、目先のトレンドに左右されず腰を据えて取り組めるとも述べました。今後は、2026年度に研究分野の選定とデータ基盤の整備、検証に向けたセキュリティ設計を進め、2027年度以降は実環境での検証を重ねながら、複数の産業での実証やプロダクト開発を目指します。
AIを「社会で機能させる」ために:設計と実装の方法論を重視

AIが社会機能するための“設計と実装”の重要性と、各領域での社会実装の展望を語る鈴木CTO
TOPPANホールディングスの鈴木CTOは、AIが産業基盤や社会システムそのものを変えつつある一方で、社会の中でAIを本当に機能させるには「高性能なモデル開発だけでは不十分」であり、課題定義、データ選定、評価、業務プロセスへの組み込み、運用を通じた改善まで含めた「設計と実装の方法論」が重要になると強調しました。
その上で、AIイノベーション研究センターでは松尾教授がセンター長として、AIシステムを設計・実装する方法論の構築を進めるとし、社会課題解決へAIを結びつけていく上で意義が大きいと述べました。少子高齢化に伴う労働力不足や医療費増大といった課題に触れ、単なる置き換えではなく、現実世界を理解・予測し行動や判断につなげる研究(フィジカルAI等)への期待を示しました。
また同社として、大学の研究で導かれる知見や方法論を責任ある形で社会実装に活用し、セキュア領域(認証・不正検知等)、パッケージング領域(需要予測・SCM=サプライチェーン・マネジメント最適化等)、ハード領域(検査・工程最適化等)に加え、新事業領域でもAI前提のサービス・事業モデル創出に取り組む考えを示しました。最後に、データ基盤・セキュリティ・ガバナンス・人との関係性まで含めて設計し、センターから日本発のAI社会実装モデルが生まれることへの期待を語りました。
センター長(松尾教授)より:AI活用の「方法論」をつくり、日本全体へ

AI活用の方法論を構築し、社会へ普及させる構想を説明するセンター長・松尾教授
最後に、センター長に就任する松尾教授が、研究の概要を説明しました。
まず取り上げたのが、近年の生成AIの進展です。松尾教授は、「人間が何分・何時間かかる作業をAIが自動でこなせるか」という指標で性能が伸びていると説明しました。GPT-3の頃は、数十秒で答えられる反射的な作業に限られていましたが、最新のモデルでは、人間が約12時間かけて行う作業まで自動で処理できる水準に近づいているといいます。半年後、1年後には、さらに長い時間のかかる作業へと広がる見通しです。数学やプログラミングではトップレベルに迫っており、産業だけでなく外交・政治の面でも重要性が高まっていると指摘しました。
一方で松尾教授は、ロボットにAIを応用する「フィジカルAI」など日本がリードすべき分野で、AIへの民間投資が十分でない現状を課題に挙げ、研究開発と活用を一段と積極的に進める必要があると述べました。
センターのミッションについては、工学系研究科の役割を「産業界の取り組みを体系化・理論化し、社会全体の活用につなげること」と整理しました。AIの使い方は社会の各所で試行錯誤が続く一方、その方法論はまだ整っていません。松尾教授は、実際のプロジェクトという「具体」に取り組みながら、それを「抽象」へと理論化し、「AI時代の設計論」としてまとめていく、具体と抽象を往復させることが重要だと語りました。多様な業種と取引のあるTOPPANは、その歩みを共にする最適なパートナーだとも述べました。
初年度に取り組む具体例としては、サイバーレジリエンス基盤の確立を中核に据える考えを示しました。AIの進化によって攻撃する側が優位になりやすい状況も生まれているとして、未知の攻撃や高度化する攻撃に継続的に適応していく仕組みづくりを目指します。
質疑応答(主なQ&A)

報道関係者の質問に答える登壇者
会見の終盤には、メディア各社から多くの質問が寄せられました。主なやり取りは次のとおりです。
Q1.「体系化」の具体的なアウトプットは何か?
松尾教授:論文の発表を基本としつつ、分かりやすいガイドラインや書籍、セミナー、講義化なども出口として考えられる。検討しながら進めたい。
Q2.大学運営における寄付の重要性と、エンダウメント型の意義は?
藤井総長:寄付金を基金として運用し、その運用益で毎年の活動経費を賄うことで、長期にわたり予見性をもって資金を確保できる。大学が重要と考える取り組みに、自らの判断で資金を充てられる点も大きな意義。長期の見通しのもとで人材の雇用や学生の参画も進めやすく、今後もエンダウメントの取り組みを進めたい。
Q3.TOPPANの実務知・データで関心の高い分野は/成果を事業にどう活かすか?
松尾教授:TOPPANが顧客目線で多様なニーズの実現に取り組んでいる点に魅力を感じている。AIの活用も「本当に必要とされるところ」に向けて進めている。
大矢COO:短期の成果よりも、中長期で幅広く活用したい。情報領域では顧客のデータ活用に関する困りごとが多く、基盤技術が高まれば用途が広がる。生活・パッケージ分野では需要予測や設計、エレクトロニクス分野でも技術開発・製造の高度化に可能性がある。
Q4.センター設立で日本のAI研究をどう強くするか/実装に向けた協力の想定は?
松尾教授:産業界が強いことが、アカデミアの強さにつながる。産業界とアカデミアが連携し、ともに強くなることが重要。
大矢COO:センターに社会課題を提示し、研究を踏まえて共同研究などで実装フェーズをスピーディーに進めたい。制度上問題のない形での研究員の派遣などを通じ、社内の専門性向上にも取り組みたい。
Q5. AI自体も、より高性能な半導体を必要とする。TOPPANのAI活用と半導体事業の今後の展開は
大矢COO:半導体領域でもAIの活用は欠かせず、新材料の開発や歩留まりの改善などに役立つ。ハードの性能向上とAI活用の高度化、消費電力の削減が互いに循環する流れを、早めていきたい。
まとめ:研究と実務が循環するエコシステムへ
AIイノベーション研究センターは、東京大学の研究開発力とTOPPANホールディングスの実務知・データを掛け合わせ、研究と実務が循環するエコシステムを築くことで、AIの社会実装を目指します。基礎研究から実環境での検証、運用を通じた改善までを一つの方法論として整え、日本発のAI社会実装モデルを生み出すことが期待されます。


