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令和7年度研究倫理セミナーを開催

掲載日:2026年3月12日

令和7年度研究倫理セミナー
責任ある研究とイノベーションの浸透と実践-その2-

 東京大学では、「高い研究倫理を東京大学の精神風土に」という目標のもと、平成26年3月に「研究倫理アクションプラン」を策定しました。このアクションプランの中で、「研究倫理ウィーク」を定め、この期間中に本学の構成員に対して研究倫理への理解を深める様々な企画を実施してきました。今年度は、令和7年9月26日(金)に、「責任ある研究とイノベーションの浸透と実践-その2-」と題して、研究倫理セミナーをオンラインで開催し、講演およびパネルディスカッションを行いました。本セミナーについて、その模様の一部をご紹介いたします。

開会挨拶(研究倫理推進室 藤垣 裕子 室長)

藤垣 裕子 室長


 皆様、本日はお忙しいところ、本年度の研究倫理セミナーにご参加いただき、まことにありがとうございます。私は研究倫理担当の理事・副学長、研究倫理推進室の室長を務めております藤垣裕子と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
 研究倫理に関する問題は、たとえ1件でも発生すれば学術研究に対する社会からの信頼を大きく損ないます。そこで本学では毎年9月に研究倫理ウィークを定め、かつ全学の研究倫理セミナーを開催しております。研究倫理や研究不正というと私たちはどうしても、何々してはいけないという「べからず集」を思い起こしてしまいます。しかし、べからず集を毎年聞かされても前向きな検討にはなりません。
 そこで2021年度から、志向倫理や、責任ある研究とイノベーション、Responsible Research & Innovation(以下RRI)に焦点を当てたセミナーを企画してまいりました。RRIというのは、自分の研究が社会に埋め込まれたときにどのような影響を及ぼすのかを想像できる力であります。そのような力があってこそ、研究倫理や研究不正に前向きに取り組むことができます。
 藤井総長のUTokyo Compass、目標1-5には「責任ある研究」というものが掲げられており、かつ、第4期の中期目標・中期計画の8-4には「責任ある研究・イノベーションの推進」が挙げられております。2022年度から3年間、9月にこのような全学研究倫理セミナーを行い、次の年の2月3月に各部局でのRRI及びELSIを組み込んだ研究倫理セミナーの取り組み発表会を行い、そしてその取り組み発表会でのグッドプラクティスを次の年の9月の全学セミナーで共有するというループを3回、回しました。そのかいもありまして、東京大学での試みはAMED主催の文部科学省・研究公正シンポジウムの中でも紹介されるようになりました。
 今年度のセミナーでは、まず本学、人文社会系研究科の唐沢かおり先生より基調講演をいただきます。唐沢先生は、JST・社会技術研究開発センターでELSI分野の研究統括を務めておいでです。かつ、2023年度の本学の統合報告書におきましてもELSIについての記事を書かれていらっしゃいます。続いて、昨年度の取り組み発表会でのグッドプラクティスの例として、工学系研究科、医科学研究所、社会科学研究所、空間情報科学研究センターの例をご紹介いたします。
 どうぞ皆さん、最後まで議論に参加していただき、今後の各部局のセミナーに生かしていただけますと幸いでございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

基調講演 「責任ある研究とイノベーションの推進における諸課題」(人文社会系研究科 唐沢 かおり 教授)

 
 
 今ご紹介いただきました人文社会系研究科の唐沢と申します。本日はよろしくお願い申し上げます。私からは「責任ある研究とイノベーションの推進における諸課題」ということでお話をさせていただきます。
 まず本日の話の背景と主旨についてご説明いたします。ただいま藤垣理事のほうからもお話がありましたが、研究倫理ウィークということで東京大学ではELSI・RRIに関する理解を深めて、研究実践に生かすという営みが実施されています。これまでも何度か、毎年、研究倫理ウィークということで続けて行われてきましたが、ELSIやRRIに関する基本的な考え方、歴史的背景、また、関連する活動の状況なども紹介があったと思います。
 そういうことを前提にしまして、本日はRRIの推進に関する諸課題についてお話をします。実際にELSI・RRIの推進のための研究開発がどのように行われているのかという、その現場の話です。私が本日、このような話をさせていただく機会をいただきましたのは、こちらもご紹介がありましたが、JST/RISTEXでのELSIに関しての研究開発プログラムの総括をしているという立場がございまして、そこでのプログラム運営から気づいたことを皆様と共有させていただきます。
 本日、そのプログラムの概要を紹介し、ELSI・RRIの推進において何が重視されているのかということをまずお伝えし、その上でRRI推進の課題として、各プロジェクトが経験した困難や社会浸透・実践での課題ということに基づきまして、幾つか問題提起をさせていただきます。
 最初に、スライド3ページは皆様よくご存じの話かと思いますが、ちょっとおさらいといいますか、背景を改めて確認させてください。科学技術と人と社会との関係はいろんな問題をはらんでいるということになります。科学技術というのは私たちを豊かにし、Well-beingを高める、社会課題を解決してくれるものであると同時に、我々に不安を与えたり、根源的な価値を揺るがし、時には生存を脅かすような、そういう存在にもなっております。こういう状況に対して、現在起こっている、または将来起こり得る問題を発見し、対応策、どのような選択肢を私たちはとっていくべきかということを考える。そういうことを検討する一つのプラットフォームというかキーワードとして、ELSIというものがあります。こちらは倫理的・法制度的・社会的課題と訳されております。
 そういうものをベースに科学技術研究開発・実装に関してのよりよい選択を、ELSIを考慮しつつ、多様なステークホルダーの協働のもとに推進して、イノベーションへとつなげるということで責任ある研究とイノベーション、RRIということが提唱されており、これを基盤とした私たちの研究というものが望まれているところです。
 こういう状況を踏まえましてさまざまな内外の動きがあるのですが、一つの国内の動きとしては、そういう活動を支えるための、研究開発のファンディングというものがあります。スライド4ページはご紹介いただいたJST/RISTEXの研究開発プログラムです。こちらにありますように、「科学技術が人や社会と調和しながら持続的に新たな価値を創出する社会の実現を目指し・・・」と書いてあるのですが、こういう目標のもとに研究開発のためのファンディングをしてきました。現在6年目の採択が終わったところで、採択は今年度で終了になるのですが、これまで終了課題が11件、進行中のものが14件ございます。こちらでELSIの同定や対応策の創出、共創の仕組みづくりやトランスサイエンス問題の事例分析、アーカイブの構築などに取り組んでまいりました。
 「RInCAプログラム」と打っていただければサイトに行きますので、もしよろしければ後ほどご参照いただければと思います。
 このプログラムがどういうものか、少し説明させてください。プログラムを運営する、また構想をつくるに当たって、四つのポイントを挙げています。これらは、このプログラムのポイントであると同時に、RRIを推進するに当たってその基盤となる重要なポイントであるというふうにも考えております。
 一つ目は「人間への着目」ということです。科学技術と社会との関係といいますが、社会を構成するのは一人一人、私たちです。その私たちがどのように科学技術からインパクトを受けるか、それをどのように受けとめるか、また、それに対してどのように働きかけるのか。人と科学技術の相互作用を、いわば実証的なデータも含めながら、きちんと議論していくということが最初の大事なポイントです。
 二つ目は、「日本の文脈に根差した価値の創出」ということを重視しております。「日本の文脈」という言葉は時として、いわば日本ステレオタイプみたいな、日本はこうなんだというような話に陥りがちで、しかしながら、そこに陥ることなく、かつ、欧米のものをそのまま持ってきたものではない。もちろん日本だけでなく普遍的なものも大事ですが、やはり科学技術の研究開発と実装ということになると、今の政治的・経済的な文脈を踏まえても日本というのは一つの重要な単位になりますので、そこの特性、歴史なども重視した上で、我々の特殊性と普遍性を考慮しつつ、世界に発信していくことが求められるということです。
 三つ目は「共創的科学技術イノベーションへの挑戦」です。「共創」や「イノベーション」というのは、時としてバズワードのような、ちょっと上っ面っぽい言葉になってしまうわけですが、そうならないように、共創的というのはいろんなステークホルダー、すなわち研究開発に取り組む人たち、実装に関わる現場の人たち、一般市民、また、それらを総合的に見て社会のあり方を評価する分野に携わる人たち、さまざまな人たちがともに議論し、あり方を考えることによって、科学技術は新しい価値を見出していく。その方向性をきちんと見定めていきましょうということが重視されます。

 

 四つ目は「経験と歴史に学ぶ」ということです。実際、科学技術が社会に与えるインパクトは不可逆的といいますか、一回起こってしまうとどうしようもないことがあって、大きな失敗もあるわけです。きちんと私たちはそこから学びながらやっていく。社会が一つのある種の実験室になってしまっているようなところもありますが、その私たちのさまざまな体験をきちんと把握し、そこから未来の選択肢を考えていくということが重視されるという主張になっております。じゃあプログラムは何をしているかというと、スライド6ページのロジックモデルのとおりです。
 続いて、スライド7ページは、プログラム全体の構造を示した図になりますが、すなわち、ELSI・RRIの研究開発というのがどういうものなのかということをもう少しブレークダウンして示したものです。個別の研究については、本日時間がございませんので、ご関心があればホームページを見ていただければ、これまで採択したプロジェクト等の活動が載っております。さまざまな科学技術を対象としておりますので、ご関心のあるところを見ていただければご参考になるかなとも思います。
 さて、結局、我々は何をやってきたのかということですが、一つは具体的なプロジェクトのアウトプットとして何を重視してきたか。一つはELSIの予見や同定、それからリスクやベネフィットを分析していくということです。また、責任ある研究とイノベーションは決して大学に閉じた話ではなく、研究開発の成果というのは社会実装の段階で必ずビジネスに絡んでくる。そこのビジネス価値ということを創造していきつつ、よりよい形は何かということも論ずる必要があります。
 また、本日、後の話でもいろいろ出てくると思うのですが、ガイドラインやルールを作っていくということ。それから、共創・市民対話というものが進められていますが、それのよりよい手法のあり方。必ずしも市民を集めるだけではいい結果にはなりませんので、どのような形でやっていったらいいのかということを模索しているところです。また、そこには科学コミュニケーションという問題があり、これも単に科学者が一方的に伝えるだけではなく、どういうふうに伝えたら、どういうふうにみんなと一緒に考えていったらいいのか、その手法の高度化も研究テーマになります。
 また、トランスサイエンス事例、科学が生み出したけれども、科学では解決できないようなさまざまな事例があります。そういうものをきちんと拾い上げ、丁寧に分析していくことによって、ELSI・RRIを推進すると同時に、私たちの社会のあり方、問題についても踏み込んだ議論が可能です。また、科学技術と社会とのかかわりに関してのさまざまな起こった出来事、報道、知見、そういうものを蓄積していくアーカイブの構築も課題になっております。
 こういうふうな具体的なプロジェクトのアウトプットを並べた上で、じゃあ、そこからどのような意思決定を私たちがしていくかということを考える必要があるのですが、そこで関わるのが根源的問いの探求と言説化という営みです。これは一つ一つの科学技術について、ELSIを考えてくださいという話とともに、スライド7ページの真ん中の枠にあることも各プロジェクトには一緒に考えていただくということをしています。これはどういうことかというと、科学技術により何かしらのよい価値を創出するために研究者の方たちは日夜研究開発を進めておられるわけですが、一方でそれが人間とか社会のあり方の根源的なところに関わるようなさまざまな問題を生み出すからこそ、ELSIやRRIという議論が出てきたわけです。
 こういうことを考えるに当たって、また意思決定するに当たって結局のところ大事なのは、私たちが大事と思う価値ですね。そういうものとの関わりの中で、科学技術、社会のあり方を考えていかないといけない。それは例えば科学技術が実現する、この科学技術をこのまま実装していったらどんな社会になるのか。もしくは、どんな社会ができ上がらないのかということ。また、それと同時に私たちはどのような社会が欲しいのか、どのような社会が望ましいと考えるのか。こういうやや大きな議論と結びつけなければ、いわば問題対応的な、場当たり的なELSIになってしまう。
 こういうことをきちんとやるために、人とか社会の根源的価値に関わる問いを探求し、またそれを何となくもやっとしたものとしてとどめるのではなくて、ちゃんと言葉もしくは画像、図でもいいのですが、表象化していく言説化の営みを重視しています。
 これは繰り返しになりますが、これをやること自体にも意味はあるものの、さらに先にあるのは、我々が今後、科学技術を推進するに当たってなしていかないといけない意思決定のあり方を、ここから何かしら拾い上げていくというか、どういう方向で意思決定していくべきかということを考えるための一つの材料として探求しているもの。テーマとしては、未来に対しての責任とか、公平な配分と、でも対価に見合うサービスのバランスとか、例えばAIなんかで特に問題になるんですが、そういう便利なサービス、いろんな技術と、しかしそこで人間の自律性はどう担保されるのかといったテーマが関わってきます。
 こういうことを踏まえた上で、次は社会実装の段階の話になります。社会実装されるべきこととして三つ挙げています。一つが、研究現場でいかに展開し定着していくかということです。ELSIに適切に対応するようなRRI推進ができるようなモデル、現場のモデルって何かということを考えていく必要があります。
 二つ目は、先ほどご紹介した日本の文脈と関わりますが、ルール形成の問題です。ルール形成はある種の国際競争の中でも存在すると思いますが、日本社会の特性も踏まえつつ、我々が世界に対してどのような普遍的価値を用いながら発信していくかということが、実装の二つ目の課題になります。
 それからもう一つは、RRIを推進していく拠点とかネットワーク、人材、これをどうするかです。これは後の課題でも言いますけれども、ELSI・RRIに対しての議論の場、今回のこういう倫理ウィークもその一つの場ですけれども、こういうものをどのように維持していって、拠点として、もしくはネットワークとしてきちんと維持し、また、そこに携わる人々を育成し、活躍できるようにしていくのかということが社会実装としても求められております。

 RRI推進の課題

 ここまでRInCAプログラム、携わってきたプログラムの、いわばこういうことを狙ってやってきましたということでお話ししました。しかし、実際にこれまで運営してみて、やはりさまざまな課題があります。ELSIとかRRIということを考えていこうという、そのスピリットは非常に重要ですが、じゃあそれを実際に考える場でどういう問題が起こっているかということを次にお話しします。
 まず「課題1」として、ELSIの探求におけるレベルで四つ挙げています。一つ目は、ELSIの予見的な同定における方法論的な問題です。ELSIを予見しましょうというのは大事ですけど、どうやって予見できるかと。これはもちろん科学技術の範囲でリスクが予見できるという話とは異なって、さらに、もしかしたらこんなことが起こるのではないかというような、いわばやや想像力の範囲の話にもなりますが、やはり結局のところ、方法論としてはワークショップをやったり、有識者のインタビュー、要するに人に聞いて、みんなでちょっと考えてみましょうねという議論になります。
 この「人に聞く」という手法自体はある種の限界があって、どんな人に聞けるのかということを考えても、市民参加型のワークショップに参加する人というのはやっぱり関心を持った人になってしまうというような限界もあります。その意味で、多様な視点からの検討ということがなかなか現実には難しいということ。また、ここで人に聞いて私たちがそうだよね、こうだよねとまとめたことを、じゃあしかし、どのように「こうあるべき」という議論につなげるかというときに、多くの人がそう考えているからこうしましょうというような判断基準がいいのかどうか。それはやはり疑問があるわけで、聞いて集めた、聞いてつくり出した、そういうものと規範との接続というのは課題になります。
 二つ目は、コミュニティからの理解です。ELSIに関心を持ってくださる若手の研究者、「主に若手」と書いていますが、別に若手じゃなくてもおられるわけですが、特に若手の方がこの問題を抱えるなと思うのは、ELSIのことを熱心にやっていると、ややシニアの研究者の方から「いや、そんなことやってないで論文書けよ」みたいなことが来ると。私自身は社会心理学なのでそういうことはあまり経験していないのですが、個別にお話を伺っていると、そのようなケースがあるというのはやはり問題になるかなと思います。
 それから三つ目が、「オープンな議論」というものをどうしたらいいのだろうということです。ELSIとかRRI、こういう話はみんなでオープンに議論しましょうというのが一つのテーゼで、それ自体は間違ってはいないのですが、それが全ての科学技術に適用できるかというと、そうではないのではないかと。もう少し言うと、ステークホルダー以外の人たちですね。誰でもステークホルダーになり得ますが、かなり直接的に関わる人たち以外が参加することによる現場の混乱というのがあって。例えば生殖医療などはイデオロギーの対立、ジェンダーをどう考えるかとか、家族をどう考えるかとか、さまざまな立場があります。そこで実際に苦しんでいる患者さんがおられ、お医者さんがおられ、寄り添いたいという話があるときに、さまざまなイデオロギーが持ち込まれることによって、かえって、現場での綿密な対応ができなくなってしまうようなことも発生しかねないということが懸念されます。
 四つ目が、アーカイブの保存場所。知見をどう蓄積するかですが、アーカイブ研究はRInCAプログラムで行っているのですが、継続的に保存していく場所というのがやはり確保困難です。研究者がいる間はいいのですけれども、所属の大学が引き取ってくださるという仕組みがなかなかないところも多く、全体としてELSI研究の成果をどのように残していくかというのが問題になると思います。
 次に「課題2」が、普及や社会実装のレベルの課題です。一つ目は、検討対象になる科学技術領域の偏りの問題です。こちらのスライド10ページを見ていただきたく、これはRInCAで採択したプロジェクトなのですが、何となく情報とかライフとかに割と偏っている感じになっています。やはり情報系とか生命科学、それから交通も少し採択できたのですが、その辺は割とよく応募があり、また採択もされます。
 これは一つには文系側の興味関心ということで、先ほど根源的問いと言いましたが、情報や生命科学は、文系側もELSIの関心というのでしょうか、理系の人とこんなことを一緒に考えようと思いやすい領域です。そういうところにどうしても偏ってしまって、全ての科学技術領域でいろいろ議論されているということではない。
 社会受容が問題化してから取り組むというようなこともあり、問題化する前にということについてはなかなか難しいところもあります。ただ、後ほどの先生方のお話で、いろんな分野のことが実際にされているので、これはもう少し議論を深めるポイントになるかもしれません。
 

 それから二つ目がビジネスセクターに対してです。私自身の感触としても、ELSI・RRIに関心を持つ企業の方々は増加しています。それはもちろんコンプライアンスとか倫理規定という関心から始まるところが多いのですが、ここからRRIの本質に関する議論にいかにつなげていき、企業の方々も巻き込んでRRIの営みに、実践に展開していくのかということが二つ目の課題になると考えています。
  三つ目が知見の蓄積と共有です。先ほどのアーカイブのところでもお話ししましたが、基本的にELSI・RRIの議論はある特定の科学技術を対象にして、そこでの事例、この技術がどうかとか、ある特定のコミュニティ、地域、もしくはそういう限られた場面での事例というものがまずベースになって検討されることが多いです。そういう事例ベースの検討はすごく大事ですが、それをどういうふうに経験値として積み重ねていって、他にもインパクトのあるような知識として発信していくのかという、ここのところは仕組みが今後必要なところかなと思っています。
 普通の論文を書く、いわゆる学術の営みって、私は心理学の研究をやって、それは例えば実験とか調査で、そういう意味では限られているんですけれども、一般化可能性とか、これまでの研究を踏まえて次の自分の研究でどう展開し、みたいな一連の流れの中に置くわけですけれども、その流れというものがELSIやRRIの営みの中ではどういうふうに作られていくか。これは今後、さらに考えていく必要があるポイントになります。
 それから四つ目、研究現場へのフィードバックです。研究現場で本当にばりばり研究開発をやっておられる方々も関わっていただいているという点で、RInCAプログラムには大変ありがたいプロジェクトが幾つもあります。しかしながら、その方たちは共同研究者というステータスで入るわけですが、そこから超えて、さらにその先生が所属する分野のほかの人たちにどうやって伝わるのかというと、まだなかなか難しい。
 それは例えば学会レベルとか分野レベルでの議論というのがきちんとあって、ルールメーキングとかコンプライアンスみたいな話ですよね。そういうことがなされていく中で一定、いわば広がりを持つとはいっても、やはり単なるルールメーキングや倫理規定以外にRRIの営みで共有すべきことはいっぱいあるわけですが、そこにどう働きかけていくのか、関心を喚起していくのかということも社会実装の課題になってきます。
 11ページが最後のスライドになりますが、RRIの推進に向けて何が必要か。ある意味、非常に当たり前のことなのですが、これらを地道にやることがやはり重要ではないかと思っております。一つは、意識改革とコミットメントの拡大です。やはり予見的に考えていくことがいかに重要か。何か問題が起こったら考えましょうねというのはどなたも言ってくださるのですが、そうではなく、その前に研究開発しながら考えましょうということの意義を伝えていく、そういう意識を持っていただく。
 もう一つは、例えば先ほど企業の方のところでもお話ししましたが、トラブルシューティング・コンプライアンス、また社会受容、そういうところから関心を持っていただくことが多いのですね。でも、例えば社会受容ありきとかコンプライアンスにとどまるのはねという話は当然あるわけですが、しかし、そこの出発点を大事にしながら、それ以降の展開、さらなるコミットメントをどのようにしていただくか、これが大事な点になってきます。
 二つ目は仕組みの構築です。これも今までお話しした中に入っていますが、ELSI・RRIの営みは異分野の連携とか、もしくはその異分野連携も単にこっちの分野とあっちの分野が議論したらできるというのではなく、やはりそういうことを実践していくには研究者間の信頼が必要で、時間がかかります。そういうものをきちんと作り上げた上で、しかし、またその中で異分野と議論できる、そのような連携に対応できる人材も育成していかなければなりません。さらに議論の場をどこに置くかということで、今日も一つの議論の場ですけれども、例えば研究のプロジェクト、それから学会内とか企業内とか、もしくは大学内の一つのワーキングとかそういう場。それからELSIセンターも日本では幾つかできていますが、そういう場というものの広がり、仕組みをどのようにしていくのかということが二つ目の推進に関するポイントです。
 それから三つ目が持続性です。ELSI・RRIを一つのファド(流行)として終わらせるのではなくて、いろんな分野の協創により得てきたものを蓄積して共有して、一つのある種のディシプリン化といいますか、きちんとさらに将来につながっていくための仕組みと、その将来の議論にも耐え得るような今の知見の提示の仕方、知見の内容の構築、共有の仕方、そういうややメタなレベルの構築が必要であると。それと同時に、先ほどのプラットフォームや制度の必要という仕組みの構築の話なのですが、やはり持続していくためには場が要り、またもう少し端的に言うと、例えば人材やお金も要るわけです。こういうものをどのように確保し維持していくのかということも、RRIの推進に向けての課題になると考えております。

 質疑応答

 松田室員 ELSI探求というお話の中で、やっぱり最初のステップとしましては、いろいろなステークホルダー、さまざまな人から意見を聞いて、それをもとに議論していくことから始めるということが紹介されましたが、目標としましては、もやっとした感じではなくて、言説化して、意思決定だったり実装だったりの流れを作りたいという話だったかなと思います。さまざまな人からのご意見、いろんな立場からのそれをどうやって最後まとめていくのかというところは、なかなか一言では説明が難しいかもしれませんけど、その辺、例えば具体例とかでこういうふうにするとうまくいったとか、そういうことはございますか。
 
 唐沢先生 まとめてうまくいくという話というよりも、今の段階は恐らく研究開発の現場が、人々がどのようなさまざまな懸念を持っているかということをまず認識する段階にあると思っています。それは時には「いや、そんなこと言われてもね」という話もあるかもしれませんし、また、「ああ、そうか」というある種の発見を与えるかもしれません。そこの選択というのは、いわばそのときそのとき、個々の研究者が立ち向かうべき課題かなと思います。
 それから、意思決定のための意見をまとめるということでいうと、確かにある局面ではとり得る選択肢は一つしかないのかもしれませんが、しかし、さまざまな価値観がぶつかり合う場において、ある特定の価値観が絶対に優勢で、他を支配するというような、そういう社会モデルで私たちは科学技術と社会との関係を考えていくのか、もしくは複数の価値が並走しているというふうに考え、そこのバランスをどのようにとっていくのか。時には価値A、時には価値Bというふうに、もしかしたらあるコミュニティ、もしくは人も動くかもしれない。そういうことを追求していくのか。これはかなり難しい問題だと思いますが、科学技術と社会との関係を考える上での社会モデルだと思っておりますので、できればそういう議論が展開するといいなとは思っています。
 
 松田室員 ありがとうございます。まだ他に質問が来ていないようなので、続けて私からもう一つ。
 最初のほうで日本の文脈というところに特徴といいますか、こういうお話を聞く中で私にとってはちょっと新しかったのですが、そういったときに、もちろん私は日本の文脈を取り入れて、それを実装する場合にも、それがないと本当に日本の中では社会に対応できないかなという印象を受けています。こういうお話は全世界的といいますか、国際的にもELSI・RRIというのはございますが、その中で、例えば別の国では例えばその国の文化などを取り入れているとか、そういう議論はあるのでしょうか。
 
 唐沢先生 例えばAIとかロボットのあり方がプログラムの中でよく議論されるところで、日本というのは、それこそ『ドラえもん』とか、ああいうものにすごくなじんで、『鉄腕アトム』で育っている世代で、擬人化したような形のマシンをつくり、そこでAIを活用してということに対しての寛容性が高い。あたかも人であるかに扱う。そのことからいろんな問題が生まれる。一方で、例えばヨーロッパではそうではないというふうなことを聞いています。
 私自身はその研究者ではないので、どこまで差があるか実証的に検討すべきところだと思いますが、そのような研究に携わっている方々はそういうことをすごくおっしゃるんですね。欧米の方と議論していると、やっぱりそこで違いを感じると。それは例えばAIの社会実装ということに関して、どこまで何をしたらいいのかということ、どういうふうに導入したらいいのかということの議論につながっていって、日本ならではということもあれば、欧米で作られたルールが例えば日本に入ってきたときにそのまま許容できない。もしくは日本が発信したことが欧米にとっては許容できないといったことにつながる。そういう葛藤が起こるかもしれません。

 ただ、そこはやはり議論の中でそれぞれのあり方を尊重することになるかもしれませんし、また、それは今の時代のことであって、もしかしたら20年後や30年後は違うかもしれないので、そういう時代の変化も踏まえながら共通点を探っていく。もしくは、違いは違いとして認めていく。その上で、ユニバーサルなルールとして何が必要で、ローカルなルールとして何が必要か、この分け方ですよね。これも次、重要な論点になってくる。既に議論されている分野もあるのだと思いますけれども、多層的に考えていくような方向が必要なのではないかと思います。

 松田室員 ありがとうございます。皆様、ほかにお聞きになりたいことはございますか。藤垣先生、お願いします。
 
 藤垣室長 唐沢先生、どうもありがとうございました。私が伺いたいのは、9枚目のスライドで、「ビジネスセクターに期待する働きかけと普及」というところです。近年、ELSIに関心を持つ企業が増加して、コンプライアンスや倫理規定への関心が高まっているということで、2年前のこの研究倫理セミナーで阪大のELSIセンターの岸本充生先生にお話を伺ったときも、企業と阪大とでこのような協働が進みつつあるという事例を紹介していただきました。それと、唐沢先生がお持ちのRRIの本質に関する議論とは乖離があるみたいな矢印(⇔)が書いてありますが、もう少し具体的に伺えると幸いでございます。
 
 唐沢先生 どこまで具体的な話ができるかですが、やはり私自身の経験の範囲でもありますが、企業の方々が何かしら関心を持つ、ELSIとかRRIというキーワードに関心、どちらかというとELSIの方でRRIではないのですけれど、関心を持ってくださるのは、企業の中で昨今、コンプライアンスが大事だし、倫理規定も作りたいしということです。
 だとすると、コンプラと倫理規定で止まってしまうことになる。でも、そうじゃないと。もう少し、そこから一歩踏み込んで、ビジネスセクターとしてどのように科学技術開発を考えるのですか、どういうふうに今後の方針や意思決定をやっていくのですかという話までいろいろお話ししていくと、倫理規定を定めるだけではなくて、もう少し企業のある種の方針とか風土とか方向性についても、そういうふうなRRI的な議論を取り入れてというところまでお話ができる方ももちろんおられます。
 それが上に通るのか、上が言って下が動くのか。いろんなパターンがあると思いますが、例えばそういうことをもう少し経営層のトップに理解してほしいということをすごくおっしゃる方もいれば、経営層のトップがそういうことが大事だとトップダウン的に言って下がいろいろ頑張るというパターンもあって。
 今、両方の矢印(⇔)が対立する形になっていますが、「RRIの本質に関する議論」という、この言葉がいいかどうかはともかくとして、さらにRRIというものに関して深めていきましょうという働きかけをしていくことによって、コンプライアンス、倫理規定といういわば実務的な要請と、そこからさらにメタな社会のあり方みたいなところとがうまくつながるといいなと。そこにビジネスセクターが大きな役割を果たすような、そういう橋渡しを、ある意味アカデミアもしていく必要があるなと思っております。
 
 藤垣室長 ありがとうございました。

分野別の話題提供

工学系研究科 川原 圭博 教授

 ご紹介、ありがとうございます。工学系研究科の川原です。私のほうから「工学系研究科におけるELSI/RRI」の取り組みに関してご紹介させていただきます。
 東京大学の中の工学系研究科というのは非常に大きな部署でありまして、16学科、18専攻、14研究センターあります。実は教員の数も600名近くおりまして、学生を含めると6000人近い組織になります。この扱う分野も社会基盤、建築、都市、機械から、全部読み上げるのはちょっと時間がかかりますけれども、かなり広い分野でいろいろな研究が行われているものになります。この中でELSI・RRIを一つピックアップしたとしても、「自分の分野じゃないので」みたいな感じで、我が事にするのが難しいなということも感じておりました。
 このELSI・RRIの取り組みをどうしていくかというのを学術戦略室という組織で広く議論しております。学術戦略室は研究担当の副研究科長と他分野の若手・中堅教員から成る委員会でして、私はここの副室長という立場で今日お話をさせていただいております。
 この学術戦略室で何に取り組んだかと申しますと、まず準備段階として、学内の専門家である新領域の福永(真弓)先生にお話を伺ったり、RISTEXの話がありましたが、JSTの報告書等で非常に充実した資料がまとまっておりますので、そういうものを読んだりしながら、工学系でのELSI・RRIを実装するにはどうしたらいいかという議論を深めてきました。
 実際に研究でこういった事例に日々取り組んでいる先生方がELSI・RRIの資料に触れると、非常にインスパイアされるものが多いなと思いました。特に工学系は新しいディシプリンを開拓するだけではなくて、それを社会実装して、世の中に役立つ形でどう使っていくかというところに個人的に興味を持っている方がほとんどです。ですので、RRI、まさに新しい領域を切り開いたときに、その社会への影響がポジティブなものだけではなくてネガティブなものもある。その中でどういう方向性で研究開発していくかというのを主体的に考えるところに、非常に皆さん興味関心が高かった部分があります。
 ですので、ガイドラインをつくるとかそういう話ではなくて、一人一人に主体的に考えて取り組んでいくという文化をつくってもらえるような、そういう機会をつくりたいなという共通認識を得ることができました。
 そこで、この取り組みの方向性としては、楽しんで「自分ごと」にできるようにというコンセプトを掲げました。具体的に、さまざまな分野の教員が集まって、専門家だから見通せる未来の展望とかリスクといったものを互いにざっくばらんに楽しく紹介し合う場をつくるというのを試みました。これが実際にやってみると非常に楽しくて、自分はある専門家なのですけど、ほかの先生はまた違う領域の専門家なわけですね。そうすると、素朴な疑問をぶつけると、それ以上のもっと深い世界とか反応が返ってくる。こういう対話の場を十分につくることこそが、やっぱりRRIを進める上で効果的なんじゃないかという実感を得たもので、このやりとりを動画として収録して、皆さんに見ていただけるような機会をつくるということにトライしました。
 具体的には、「東大教授たちと考えるELSI/RRI」という、YouTubeのコンテンツにしました。「東大TV」で見られるような、動画で気軽に見られるコンテンツをシリーズで企画いたしました。シリーズのメインタイトルに「技術は人を不幸にするのか?」という、あえて挑発的な、それでいて工学系の研究者が主体的に向き合わなければならない本質的な問いを掲げました。繰り返しになりますが、技術のすばらしさを一方的に伝えるだけではなくて、社会の影響というのをちょっと想像力をたくましくしてディスカッションするというのがポイントになっています。
 テーマとしては、1番目がAIとロボット、「自動運転車の事故は誰の責任? ドローンが東京の空を飛び回る時代になったら?」、2番目は「エネルギーと環境 未来の持続可能社会をどうするべきか」、3番目が「宇宙×資源で人類の活動領域をどう広げるか」、こういったテーマにしています。

 具体的に少しご紹介したいと思います。第1回目は初めての試みということもありまして、まず東京カレッジの江間(有沙)先生にお越しいただきまして、ELSI・RRIの歴史とか、なぜ必要かとか、そういったところをしっかり解説していただきました。これを受けて、自動運転の事故は誰の責任とか、ドローンが東京の空を飛び回る時代になったらとか、非常に具体的で将来の生活に直結し得る問題を取り上げました。
 登壇者に関しては、工学系の先生を中心としながらも、加藤(真平)先生はティアフォーという自動運転の会社のCEOもされていて、そういった意味で研究から事業へ社会実装されている、そういう立場の方にも入っていただいています。モデレーターは、経済キャスターであって、工学系のアドバイザリーボードも務めていただいている瀧口(友里奈)さんにお願いしておりました。
 江間先生によるRRI解説の中で特に強調されていたのは、スライド6ページの右側にあるようなことでして、技術の進歩が加速して、社会実装が進む中でこれらを考えることがなぜ重要なのか。歴史的背景、現代における意義ですね。現代における意義という意味では、AIとかは非常に動きが速いと。ソフトも、とりあえず動くものができたら公開してみて、ベータ版で何か都合の悪いことが起こったら改良していこうという、そういう社会になりつつあります。そうなると、いきなりリスクがあるものがわーっと世の中に広まっていく時代になってきていますので、こういったことを予見しながら、かといって思考停止に陥らず、主体的にどうすべきかを考えるということの大切さをご説明いただいたと思っています。
 さらに、問題が起きたときに実際、しっかりと説明責任を果たして、対話を通じて改良していくというアカウンタビリティの重要性に関しても力強く語っていただきました。
 動画は既に公開済みですので、ぜひ見ていただきたいのですが、実際に話し合われたトピックの中でキーワードになるような言葉をスライド7ページに選んでおります。例えば自動運転の事故は誰の責任かという問いでは、AIに問題があったとき、プログラムを書いた個人の責任がどこまで問われるのか。そういった具体的なことがもう既にルールとして決まっている部分もあるので、こういった点を掘り下げました。
 例えば交通ルール一つにしても、ドローンが飛び回るだけではなくて、ドローンに人が乗って、空飛ぶクルマのようなもの、ヘリコプターのようなものかもしれないですけど、そういうものが縦横無尽に東京の空を飛ぶときに、どういう交通管制になるのか。あちこち好きな方向に飛んでいったらぶつかってしまうので、山手線の上を飛ぶようにして内回り・外回りで高度を変えたら本質的な安全状態をつくることができるのではないかとか。ただルールを決めるわけではなくて、「クリエイティブなルールメイキング」ですね。こうやったら事故が起こる確率を非常に下げられるのではないかとか、そういった工学者ならではのいろいろな工夫に関しても議論が及びました。
 最終的には社会との接点が重要ですので、経済合理性とか、そこでメリットだけではなくて、利益を受ける人とリスクを負う人というのが非対称な関係になって、いろいろなところでこういう関係が新たに生まれてしまいますので、こういったところにも目を配る重要性というのが確認されました。
 Vol.2では、テーマは「エネルギーと環境」にしました。この「エネルギーと環境」の中で非常に印象的だったのは、例えばシンプルには石油を燃やすと地球温暖化になって、それが何十年後とかにインパクトを与えてくるわけですけれども、その利益を受けた人とツケを払う人が世代的にずれてしまっていると。気候変動のツケを後の世代が払うけれども、それでいいのだろうかという公平性のテーマとか、時間だけではなくて空間的なこともあると思います。先進国と、これからまさに発展しようとしている国々のそれぞれの責任と権利をどう考えるのかとか。
 あとは、スケールを大きくして、技術の可能性で、どこまでこういった問題を対応できるのかとか。それから、もっと引いた目で見て、宇宙人が地球温暖化を見たらどんなアドバイスをするかとか、視点をダイナミックに切りかえることによって、議論だったり解決策を生み出したりするというエキサイティングな議論が行われました。
 Vol.3も既に収録は終わっている状況でして、公開の準備を進めております。近日中に公開できると思います。こちらは「宇宙×資源で人類の活動領域をどう広げるか」というので、こちらも豪華なメンバーに登壇いただいていますが、宇宙飛行士の山崎直子さんに実体験を伴うような経験をご披露いただいたり、またおもしろいテーマで構成されていますので、ぜひ公開を楽しみにお待ちいただければと思っています。
 ちょうど時間になりましたので、工学系からの話題提供は以上とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

医科学研究所 武藤 香織 教授


 では、始めさせていただきます。医科学研究所における取り組みを紹介します。公共政策研究分野という研究室の責任者をしております武藤香織といいます。また、後ほどご紹介する研究倫理支援室という部署の室長もしております。
 簡単に医科学研究所についてご紹介したいと思います。この研究所は白金台キャンパスにございます。歴史としましては、1892年に北里柴三郎によってつくられた大日本私立衛生会附属伝染病研究所、略称として私どもは伝研と呼んでいますが、これが祖となっています。現在の医科学研究所になったのは1967年のことでして、そこで附属病院も開設いたしました。2018年に生命科学系では唯一、国際共同利用・共同研究拠点に認定されています。また、北京や奄美大島にも研究施設を持っています。本学の大学院8研究科に所属している学生さん約200名を含め、1000人程度の教員や職員などが従事している研究所です。
 私の専門は医療社会学と研究倫理ですが、医科学研究所が対象とする研究分野では、昔からさまざまな倫理的な課題が指摘されてきたところです。ざっと1分程度でその歴史を振り返ってみましょう。
 第二次世界大戦中の人体実験の反省を踏まえて、1964年に世界医師会から「ヘルシンキ宣言」という原則が示され、人を対象とした研究においてはインフォームドコンセントを得ることであることが明記されたほか、1970年代には事前に研究計画の審査を受けることなどがルールとして浸透していきました。しかし、日本で浸透していくには少し時間がかかりました。私どもの医科学研究所の資料を漁っておりましたら、1983年に倫理委員会を作ったという形跡があって、それを見ると、やはりこのヘルシンキ宣言が引用されていて、その主旨に従い、独立した倫理委員会が研究計画を審査する、倫理に反する研究論文を印刷公表しない、といった記録がございました。こうした原則は国際的なルールとなっていきます。
 その後、日本あるいは世界全体としては、1990年代に出されたユネスコの「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」などを発端として、ELSI(倫理的・法的・社会的課題)への対応が始まり、研究の早期の段階から議論することを重視する枠組みができました。また、1990年代は世界的に個人情報の保護のルール化に関する議論が起こり、遺伝情報を初めとしてさまざまな個人情報を保護する方向で議論がスタートしております。同時代にHIVやがんの患者さんたちが中心になって、諸外国で医学研究への激しいアドボカシー活動が行われ、自分たちにしっかり薬を届けてほしいというような運動が展開されました。
 2000年代に入りますと、研究公正や研究インテグリティという新たな重要事項が加わり、さらに今日のテーマでありますRRIについて、共創的イノベーションをしっかりやるということが大きな枠組みとなりました。さらに、2010年代になりますと、国連から持続可能な開発目標(SDGs)や多様性・公平性・包括性(DEI)という考えが出され、この研究アドボカシーに関する激しすぎた患者運動への反省と、もう少し研究を民主化するという流れで患者・市民参画というのが始まります。さらに、オープンサイエンスでデータをみんなで共有して使っていきましょうという流れや、先住民族の方々を対象とした研究での還元をどうするのかという議論があり、さまざまな倫理的に考えるべきことが、スライド8ページの白い枠の中に入ってきたという時代がありました。AIの登場によって、もっと考えなければいけないことが出てきて、ますます考える事項が増えているという状況にあります。
 そのような時代の中で、本所では研究倫理支援室を設置しております。専任の教員と職員が配置されておりまして、事務部の研究推進チームと協働しています。目的としては、医科研の研究者が実施する研究の参加者の安全を守ること。それから、権利や尊厳を尊重するということに仲介する役割、研究者が倫理的に適切な研究を実施できるようなサポートです。設置した当時は、倫理審査委員会の運営方法が良くなかったので、運営体制を改善して、研究倫理コンサルテーションも提供していきましょうということで、設置されました。

 

 この後、現在取り組んでいる四つの取り組みについてお話ししたいと思います。まず、これは所員にとって義務的なことではありますが、「人を対象とした研究倫理講習会」というのを年に1回やっております。観察研究や実験を主にやる人たちに向けたものや、臨床試験に主に関わる人たちに分けて実施しており、簡単なテストなども用意しています。
 また、社会調査系の倫理審査もお受けしております。私自身、社会科学系の出身ですけれども、自分の調査研究についてもこの委員会で審査してもらっています。分野外の委員会のように見えるかもしれませんが、人文・社会科学や一般の立場の委員の方々から本当にたくさんのすばらしい助言をいただいたり、理系の委員からもいろいろなコメントをいただいていて、私は結構、倫理審査委員会に申請するのは趣味で楽しく感じています。毎月開催して、審査完了までのスケジュールを可視化することで研究者に見通しを持ってもらうのは非常に大事なことだと考えています。
 二つ目の取り組みが、「Cafe白金台」というものです。これは新世代感染症センターと医科学研究所の若手研究者が始めたイベントで、白金台キャンパス内で不定期ですが対面で行っています。若手研究者が積極的に交流したり、お互いのラボの知識を共有し合うということが元々の動機づけになっているんですけれども、その中でELSIやRRI、あるいは患者・市民参画といったものを語り合う機会があります。最近ですとDEIの回もあったり、それから留学で直面するさまざまなことから学ぶといったこともあったりして、若手研究者の人たちにとって非常に身近な、自分に関心のある話題からELSI、RRI、患者・市民参画の話題に展開できる機会です。
 三つ目としましては、遺伝的ルーツ・民族的背景、それから性別・性自認・性的志向を研究で用いるときの留意点を作成する取り組みです。近年、生命科学や医学系雑誌の編集部から研究対象者の方の属性の表現について、例えば人種、英語ではraceという言葉を使うときには、なぜその言葉を使うのか説明を求められたり、層別化、グループ分けして、その解析をするときに、どうしてこの人たちをこのグループにしたのかということについて質問が来るという経験を研究者がしております。こうした分類については、包摂性の観点からいろいろと議論されてきたところです。
 そこで、人を対象とする研究に携わる研究者が自分の研究において、どのような属性をもった人を対象として、どのような属性をもった人を排除しているのかについて自覚的になってもらい、また表現の面で当事者を傷つけることがないかよく考えてもらうためのガイドをつくり、新世代感染症センターと医科研の中で共有していこうと考えております。
 その目的としては、参加者を募集する際の選択基準とか除外基準、このときに概念をどういうふうに書くか、どんな用語を選択するか、研究者に気づいていただきたいということ。それから、対象者の基本属性の集計・報告・公表のために適切な用語を選択してほしいといった事情があります。12月ごろに広くコメントを得る場を設けて、研究者向けの参考資料にするということを考えております。
 最後については、他部局でも悩まれていることかと思いますが、デュアルユース性が懸念される研究について考える場をつくるということです。デュアルユース性が懸念される研究というのは、民生と軍事の両方の分野で利用できる可能性のある技術、製品につながるような研究のことを指しております。病原体を用いる研究については、実は医科研では過去にもいろいろな経験をしていますが、最近では病原体を使わず、AIの活用によって実現できるような研究領域も増えており、そこでも国際的に懸念が漠然と広がっているという状況です。
 ですので、病原体を用いないけれどもデュアルユース性について懸念のある研究計画について、研究者に助言する役割を担うワーキンググループを研究倫理支援室の下に設置することになりました。ここでは、研究計画の実施と公表、特にデータの公表の段階でのリスク・ベネフィット評価、あとリスクマネジメントプランを評価したり、論文、プレプリント、コード、学習済みモデルなど、いろいろな場面でデータを公開するときの公開条件について、外部の有識者も交えて一緒に考える場になります。その中で執行部への報告や相談、あるいはジャーナル編集部への表明の仕方とか、そういったことも検討していくということになっております。
 こうした体制を作るうえで重視した点は、研究者自身が気づいてほしいということです。我々が精査して、「この研究計画、デュアルユース性が懸念されますよ」と言うのではなくて、研究者自身が自分の研究を将来展望したときにどういうリスクがあるかと思ってもらうことがとても大切で、このワーキング設置のきっかけになったのも研究者自身の声からでありました。そうしたところも含めて、RRI、少しずつ浸透してきたらいいなというふうに今感じているところです。以上です。ご清聴ありがとうございました。

社会科学研究所 田中 亘 教授

 社会科学研究所の田中亘と申します。本日は「責任ある研究とイノベーション―社会科学の課題」ということで、社会科学研究所の取り組みについてお話ししたいと思います。
 私自身は社会科学の中でも法学を研究していまして、あまり実証研究などをしたことがないのですけれども、当研究所では専任教員30数名の小規模組織ではありますが、社会学、経済学、政治学、法学、それぞれの分野で多くの実証研究や、あるいは実験研究に従事している研究者がおりまして、今回の研究テーマとも強い関連があるかと思います。今回、「責任ある研究」と「イノベーション」というのがテーマですけれども、初めに感じたのは、両者はある意味でコンフリクトのある部分があると思っております。つまり、イノベーションを追求していくことと、責任ある研究を行うということとは衝突する面があり、どうバランスさせるかということが大きな課題になってくるように思います。
 近年、社会科学においてもEvidence Based Policy Makingということの重要性がうたわれるようになっています。政策判断をできるだけ実証的な証拠に基づいて合理的に行おうという考え方です。社会科学の研究者が実証研究を行い、これが政策判断に生かされるということによって、政策においてもイノベーションが実現できるのではないかということです。
 そして、その際にディープデータと言われる、単にデータ数が多いだけではなくて、個人の属性にかなり深く関わるようなデータの収集や利用が可能になってきているということがあります。このことは、もちろん実証研究の革新をもたらし得るわけですけれども、その一方で、研究の対象者あるいは実験への参加者の方々のプライバシーや人格権といった人権の擁護の必要性が増大しているという関係にあると思われます。
 今回の報告では、社会科学研究所の取り組みとして、研究倫理審査委員会の取り組みと研修という、2つの事柄についてお話ししたいと思います。当研究所は小規模な組織ではありますが、研究所独自で研究倫理審査委員会を持っており、ほぼ毎月、何らかの研究課題について審査をしております。私はこの倫理審査委員会には関与していませんが、歴代の委員長にインタビュー調査をしまして、どういったことが課題になっているかを聞き取ってまいりましたので、それについてご紹介しようと思います。
 規程上、次の3点に留意して審査を行うことになっております。1番目は研究の対象となる個人の人権の擁護。2番目に、研究対象者に対して当該研究への理解を求め同意を得る方法。それから3番目に、研究によって生じる研究対象者への危険性に対する配慮であります。
 この3点が審査の基準になっているわけですが、ただ実際には社会科学の研究はさまざまなものがあり、明確な答えが規程を見ても必ずしも得られないということもあると聞いております。実際の審査委員会では、条件付承認になり、研究計画を修正して次回に承認を得るというケースが多いと聞いています。これは倫理審査委員会の初代の委員長が言ったことだと聞いていますが、とにかく議論することが重要なんだということであります。先ほど言いましたように、一義的にこうすべきだという回答が必ずしも出てこないこともあるので、いろいろな観点から議論することで、研究の進め方について有益な示唆が得られることを期待しているということです。
 

 審査の実践について多少ご紹介すると、例えば人権の擁護ということについては、これはもちろん研究対象者個人が特定されないようにするということは当然のことであるわけですけれども、社研の所員の行う研究の中には質的研究といって、かなり詳細なインタビュー調査をすることがあります。そのインタビュー調査の内容を論文に書くわけです。そうすると、非常に詳細な内容なので、それを読むと、そのインタビューの対象者の周囲にいる人は、その人が誰であるかがわかってしまうおそれがあります。こうしたおそれが、過去の倫理審査委員会で議論されたことがあったそうで、それについては、論文公表前にインタビューの対象者自身に原稿をチェックしてもらう、それが必要になると指摘して、条件付きで承認したというケースがあったと聞いています。
 それから2番目として、研究対象者の理解と同意についてですが、これもなかなか難しい問題があると思っています。社会科学の実験研究は、研究対象者の心理に働きかけて影響を見るというものが多くあるわけです。私の研究と関係あることで言えば、同じ政策判断に対する評価でも、それをどう表現するかによって人々の評価は変わることが知られています。例えば、「このワクチンを導入すれば100人中90人が助かる」と言う場合と、「100人中10人が死ぬ」と言う場合とでは、やはり「死ぬ」という言葉が使われると、その政策に対する人々の評価がネガティブになるというような研究があります。
 このようなことを実験で検証しようとすると、初めにこういう研究をやろうとしていますというふうに研究対象者に言ってしまうと、研究対象者が、そういうものなのかというふうに心の準備をしてしまうので、研究目的を実現することが難しくなってしまうわけです。
 このようなことは、基本的にはdebriefingをやることで対応可能だと言われています。つまり、研究(実験)をする際には、どういうことをするのか対象者に明らかにしないけれども、研究(実験)終了後に「実はこのような目的で研究していたので、あなたにはこういう質問をし、別のグループにはこういう質問をしました」というふうに全部明らかにすることで研究対象者に生じた影響をなくすということであります。これでうまくいくことも多いと思うのですけれども、ある処置の長期的な効果を検証する研究だと、必ずしもこのような対応ができないのではないかということを、倫理審査委員長経験者に伺ったことがあります。その話は次にします。
 3番目の研究対象者への危険性への配慮ということですが、実験というのは基本的に処置群と対照群に研究対象者をグループ分けして、処置群に対してはある処置をし、対照群にはそれをしないで、その違いを見るというのが、自然科学だけでなく社会科学でも標準的なわけです。ただ、その場合、もちろん処置そのものが対象者を害さないようにしなければならないということは当然なのですが、処置群と対照群の公平ということが問題にされることがあると聞いています。
 これは歴代の倫理審査委員長には難題だと思われているようでありまして、結果的な公平まで考えてしまうと実験研究は難しくなります。これが短期的な、例えば先ほど述べたような、質問の表現が与える心理的な影響を調査するといった研究であれば、研究が終わった後で全てを明らかにすれば影響は除けると言えるかもしれませんが、社会科学の研究ですと、例えば小学生を、人数の少ないクラスと多いクラスにランダムに分けて、クラスの大きさが与える教育上の効果を見るというような研究もあるわけです。公的機関と協力した大規模な研究もあり、そこでは、大小2つに分けられたクラスにおける教育上の効果をかなり長期にわたって見るので、後から研究対象者となった小学生について全部の条件を公平にすることは、研究の性格上、不可能であるということがあります。これは本当のジレンマになってくるわけでありまして、どのように解決するかについてはまだ必ずしも明確な答えが出ていないのかなと思っています。
 最後に、三所合同研究倫理研修について一言だけ申し上げておきたいと思います。これは、社会科学研究所と東洋文化研究所と史料編纂所が三所合同で、持ち回りで倫理研修を行っているものです。今年の1月に社研が主催して、ELSI・RRIに関する倫理研修を行いました。社研の横内(陳正)特任准教授(当時)が講演をされました。講演のテーマは、データ管理です。社研は研究データをたくさん持っていますので、データ管理におけるELSI・RRIの実践ということで、留意すべき事柄について講演いただきました。以上です。

空間情報科学研究センター 高橋 孝明 教授

 今ご紹介にあずかりました空間情報科学研究センターの高橋です。よろしくお願いします。部局の取り組みについては3月の研究会のときに報告していますが、そこで実際の研究を行っている上で研究倫理の側面でこんなことがありましたということを、中の人間に報告してもらうという形のセミナーを行っています。そのときにドローンを用いた研究の話が出ましたので、それに焦点を当てて、実際のドローンを用いた研究における研究倫理ということで、そのときの事例と、それからもう一つの事例の二つの事例から考えてみたいと思います。
 空間情報科学においては、ドローンを用いてデータを収集するということが大変重要になってきます。もちろんドローンを用いてデータを収集するということにどういう研究倫理上の問題があるかをまず考える必要があるわけですが、特にここで取り上げたいのは、個人情報やプライバシーの保護に抵触する可能性が問題になることが多いということです。
 これからお話しする二つの事例は、一つが災害科学分野の能登半島地震における輪島市の大規模火災の研究ですね。もう一つは、空間経済学分野のホームレスの立地と経済状況の関係の研究です。この二つがドローンを使った研究で、研究倫理の面で少し困ったことがありましたので、お話ししたいと思います。
 明確な結論は特にないのですが、あえて言うと、研究が倫理的に許容されるかどうかというのは、最終的には研究者自らが判断するしかないというようなことになるだろうと。私は研究倫理の専門家ではなくて専門は経済学ですので、もしかすると倫理の専門家の方には同意いただけない部分もあるかもしれませんが、現場の声として聞いていただければ幸いです。
 最初に取り上げる事例のドローン飛行におけるデータの話ですけれども、そもそもドローン飛行そのものに関しての問題として、まず研究倫理上ドローン飛行が認められるのかどうかということがあります。当然さまざまな法律に従う必要があり、それから、災害時はほかに緊急度の高い飛行体、例えば救助のヘリコプターなんかが飛んでいますから、そういう救援活動の妨げにならないかどうか、事故の可能性を考える必要があります。そういうことを考えて、飛行そのものをやるかどうかを決めなければいけません。
 2番目に、今度はデータの取得に関する問題で、ここで個人情報・プライバシーの侵害ということが大きな問題になってくるわけですね。特に今、技術の進歩によって高解像度の画像が撮影できます。そうすると、個人の顔だとか財産や所得状況が特定される可能性が出てくるので、データの匿名化を行ったり、あるいはぼかし処理(解像度のダウングレード)というものが必要になると。これに関しては特に法的な規制は存在しないので、自ら考える必要があります。
 それから3番目は、取得したデータの適正な管理に関する問題ですね。個人情報を含むデータを取得した場合には当然、暗号化をするだとか、あるいはアクセス制限をかけるといったことを考える必要があります。それから、利用目的を明確化して、不適切な二次利用を防止しなければいけないというようなことが当然出てきます。
 最後にデータの公開に関する問題として、データ公開による社会的な便益、例えば政策への応用可能性みたいな話になるわけですが、そういう社会的な便益と個人のプライバシー保護というものをバランスするようなことを考えなければいけません。被災者だとか研究対象者の当事者、それから自治体との意思疎通が非常に重要になる。コミュニケーションが重要になるということですね。当然、倫理審査やガイドラインを遵守することも必要になってきます。
 能登半島地震におけるドローン測量調査は、当センターのピニェイロ・アベウ・タイチ・コンノ助教の研究なのですが、ドローンを飛ばして、地上からアクセス困難な場所の状況を把握するというものです。それによって火災の早期検知と支援に役立てる。被害把握と防災計画の最適化を研究するというのが、この研究になります。
 実際にどんな画像が撮れるかというと、スライド5ページがその大規模市街地火災現場のドローンの画像になりますが、こういう画像がドローンで撮影できます。
 問題は、解像度が高いといろいろなものが見えてしまうということです。スライド6ページの左側の写真は1ピクセル当たり1.7cmの地上解像度の画像ですが、右の小さい画像を見ていただけばわかるように、この高解像度画像では例えば瓦が見えたり扇風機が見えるわけですね。それから、ここでは車が見えるわけですけれども、よく見るとこの車の車種がわかるというようなことになり、かなりいろいろな情報が出てくるわけです。
 そうすると、解像度を上げれば上げるほどいろいろなものが見えるということで、スライド7ページの表にまとめたように、上に行くほど解像度が高くなるわけですが、いろいろなものがわかってしまいます。先ほどの車の箇所について、解像度を変えて作成した写真がこちらになりますけれども、一番細かい解像度だとかなり正確にこの車の形がわかると。だんだん解像度を下げていくと、だんだん見えなくなってくるわけです。
 

 どのレベルまで解像度を下げたものを使うかということを判断する必要があるわけですが、これに関しては、例えば内閣府がドローン画像の取り扱い指針というのを出しています。ただ、ここスライド8ページに書いてあるように、割合一般的な話がしてあるわけですね。個人情報保護委員会も、やはりデータ利用の指針ということで、スライドのとおりのものがありますが、これもあくまで一般的なことです。例えば「個人の権利利益を侵害しないこと」という記述がありますが、何が個人の権利利益を侵害するかについては一切指針がないわけです。これは研究者自体あるいは研究倫理審査委員会の判断に任されているということになります。
 今の事例でいうと、例えば自動車の車種がわかることでその人の財産や所得水準がわかってしまうということで、これは個人の権利利益を侵害しているという考え方もあるし、それほどでもないでしょうという考えもあるかもしれない。それから、それで仮に財産や所得情報が類推されてしまったとして、それの不利益は一体どのようなものかということも考える必要があるわけですが、こういった問いに対する絶対的な答えはないわけですね。
 そもそも、誰がどのような被害に遭ったかということ自体も一つの個人情報になりかねないわけで、そうすると火災現場の写真を撮ること自体が個人情報を侵害しているというふうにも考えられるわけです。ですので、このあたりについては絶対的な指針というものはなくて、研究者が考えなければいけないというので、この辺が難しいところだということです。
 2番目の例は、ホームレスの立地と経済状況の関係の研究というものです。いま当センターにいる飯塚(浩太郎)助教と、2021年までいた中川万理子講師の研究なのですが、空間経済学の一つのテーマにおいて、地理的近接性が生産性などの経済効率に正の影響を及ぼすというようなことがあるわけですね。これを見るために、多摩川におけるホームレスの立地状況を調べましょうと。ホームレスのクラスターが大きいほど経済状況が良いということを、厳密な計量経済学的な統計分析で明らかにするというような研究です。
 この研究でドローンがどこで活用されたかというと、二つあるのですが、一つはホームレスの立地を見るのにドローンによる画像で検出するということを行ったと。もう一つは、ホームレスの経済状況ですね。これはこの研究のユニークな点なのですけれども、経済状況を見るために掘っ立て小屋の気温を測ったと。これは冬の時期に行った研究ですが、ホームレスの方々も自家発電の機械とかを持ち込んで、さまざまな電気器具を使っていると。小屋の気温が所得のアナロジーになるというような考え方で、熱探知センサー付きのドローンを飛ばして小屋の気温を測り、それで所得を類推するというようなことをやったわけです。
 例えばホームレスの立地ですが、スライド11ページは多摩川で、こういう形でドローンを飛ばすことによって、どこにホームレスの小屋があるかがわかると。この画像はこういうふうに撮れるわけですね。
 これを熱探知装置を使ったもので撮影すると、同じ先ほどの航空写真の部分がこういうふうに出てくる(スライド12ページ)。左側の小さい小屋のほうが暖かいということがわかるわけですね。気温データとしてとることができると。
 この研究の研究倫理上の問題はどこにあるかということを考えたときに、まずドローンの飛行自体は、場所は多摩川の河川敷という公有地で、しかも自治体の飛行許可は取得しているので、飛行自体は問題がないわけです。また、個人情報保護でいうと、狭義の個人情報は含まれないわけですね。まず氏名、年齢、性別等、一切不明だと。ホームレスの方を実際に撮影するわけではないので、匿名性は確保されていると。住所はあくまで一時的なもので、しかも違法に住んでいるわけですから、法的に認められた現住所ではありません。一時的でない、パーマネントにその小屋があるとすると個人が特定されるおそれがあるので、位置情報を個人情報とみなされるかもしれないけれども、あくまで一時的なものだとすると必ずしもそうは言えないというようなことがあるわけです。
 ついでに言うと、開発途上国におけるスラムの研究などでは、不法の小屋というのもかなりパーマネントにあるので、位置情報を秘匿するということが主流になりつつあるという背景もあります。
 3番目にプライバシーの保護ですが、所持品、属性等は一切不明で、唯一の情報が小屋の温度ですね。これを所得とみなしているわけですが。
 この研究についてセンターの研究倫理委員会では議論の末、研究を遂行するに当たって問題なしとしました。ただ、1点、割り切れなさが残るのは、ホームレスの人々にとって、自分たちが研究の対象になっているという事実は知らされていないわけです。本来は同意を得る必要があったかもしれないけれども、ホームレスの一時的にそこにいる人たちに同意を得ることには大きな困難が伴うということで。また、実際に計測しているのはただの温度なわけですね。物理的な物体の温度なので、まあこれはいいでしょうということでセンターでは認めたと。
 中川先生は今、一橋大学に移っているのですが、そちらの研究倫理委員会でもやはりこれは問題ないという判断を受けたということで、とりあえずそうかなと思うのですけれども、そう考えると結局、研究倫理上、どこまで許されるのかという具体的な外形的基準は存在しないということになります。最終的には研究者個人が自ら判断するしかなく、そのときには研究対象となる当事者とか研究者コミュニティなどの外部の意見に耳を傾けることが重要だと。これはELSIの考え方だと思うのですけれども。
 翻って考えると、倫理の基本というのは、自分がされて嫌なことはしないということだと思うのですよね。人を殺しちゃいけないというのは自分が殺されたくないからなわけで、それが制度化されて倫理になっていると。そういうふうな考え方をすると、自分が被災者だったらどう思うか、あるいは自分がホームレスで、家の温度をはかられたらどう思うかというような、そういうことを考えて、結局、その研究が倫理的に許されるかどうかを判断せざるを得ないということです。最終的にはその「共感」によって研究倫理を判断する必要があるかなという感想を持っています。
 あまり明確な結論がなくて恐縮ですけれども、私からは以上になります。ありがとうございました。

パネルディスカッション

 パネルディスカッションは、ご講演いただいた唐沢先生、川原先生、武藤先生、田中先生、高橋先生、そして、研究倫理推進室の藤垣室長、松田室員(物性研究所 教授)の7名にパネリストとしてご参加いただきました。

 松田室員 それでは時間となりましたので、パネルディスカッションを開始します。
 まず議論に入る前に、基調講演で唐沢先生に講演いただいた後、質問をQ&Aでいただいておりまして、パネルディスカッションの際にお答えするというふうにしたのですが、唐沢先生からお答えいただけますでしょうか。あらゆる分野に横断的に関わる技術の倫理的課題について、分野を超えて効果的に議論し、実践につなげるためにはどのような仕組みの構築が特に重要だとお考えでしょうか、というご質問となっています。
 
 唐沢先生 AIのELSI・RRIの話というのは今非常に難しい状態で、ものすごく進展が速いというのが1点目と、ありとあらゆるところに関わっています。なので、少なくとも関わっている分野でどのように展開されるか。例えばAIは自動運転にも使われますし、医療にも使われます。じゃあAI全体という形の議論ということではなく、それぞれの技術適用みたいなところですかね、そういうところの議論を踏まえた上で、かつAI技術の研究者にどうつなげるかという仕組みが必要と思います。
 あと、AIはあまりに多く関わっているので、多くの人が関心を持っているのですが、一般の人が「AI、こんなに広まって大丈夫なの」とか、そのような関心もすごくありますので。当然、今、AI分野の先生方は社会との接続には意欲的に取り組んでおられると理解しているのですが、仕組みの中に一般の人たちの懸念みたいなものに対する対応というのをどう捉えていくのかということも重要なポイントかなと思います。万全な仕組みはなかなか作れないのですが、ステップ・バイ・ステップでやる必要がある。今思いつくのはこれぐらいのことかなと思います。

 
 松田室員 ありがとうございました。それでは、ほかにも話題提供全体に対してのご質問も来ていますが、まずはパネリストの方々の中で少し議論したいかなと思います。それでは、本日の基調講演、もしくは分野別の話題提供のご発表をいただきましたが、それらの中で何かご質問等がございましたらお願いします。それでは川原先生、お願いします。
 
 川原先生 質問というよりは感想ですが、唐沢先生の冒頭の中で課題1、2を挙げておられて、まさに私たちはオープンな議論をすることとか、予見的同定の方法論的な問題とか、その辺を我が事として考えるときには何よりも重要だなというのがあったので、そのとおりだと思いながらお話を伺っておりました。
 もう一つ印象的だったのが、社会実装の部分での企業とのやりとりですね。藤垣先生への質問に対するご回答であったところですけど、いろいろな社会実装で興味を持っていただけるのはおもしろいけれども、コンプラと倫理規定で止まってしまうのはもったいないというご発言があったと思いますが、そのとおりだと思っていまして。RRIの精神をどう実装していくのかというのは、工学系も含めて非常に重要だという認識を改めて持ったところです。
 
 松田室員 ありがとうございました。唐沢先生、何かコメントはございますか。
 
 唐沢先生 どうもありがとうございます。そのとおりだと言っていただき、ありがとうございます。先生のご発表の中の取り組みで私がすごく、感銘を受けたのが、楽しくするという方向性です。ELSIの話はどうしても、RRIもなのですが、「やらねばならない」みたいな縛りとして私たちは認識してしまうことが時としてそこから我々を遠ざける、というときに、楽しくするための工夫ということは非常に重要なことだと思いました。
 拝見していますと、本当にこのメンバーの議論だと非常におもしろいなということをご紹介いただいている状況にあるかなと思いますし、話題としても多くの人が関心を持つことを挙げていただいて、一般の、ちょっと科学に興味あるよねという人はみんな飛びつくようなと言っては失礼ですが、そういうことかなと思いました。
 ただ一方で、楽しさを鍵としたとしても、関心を持つ人とかそこに入ってくれる人がどこまで広がるのかということについて、もしかしたら何か、ある種の限界とか、さらにここを超えてどういうふうにということで、工学系には本当にさまざまな研究者の方がおられますので、濃淡はあるにしても、広げていくということに関して、もし何かここは難しいとか、こういうふうな工夫が今後必要じゃないかということがあれば、シェアいただけると我々も勉強になるかなと思いますので、よろしくお願いします。
 
 川原先生 どうもありがとうございます。私たちも動画を使って、なるべく強制ではなくて楽しんで見ていただけるようにという工夫はしているんですけれども、やはりちゃんと時間をとっていただくことの難しさとか、全編を見るとかなり長くなってしまうので、それを我が事にするところはまだ課題だなと思っています。
 特に、そうでなくても、例えば研究のディスカッションは日常的に行われていると思うのですよね。新しい研究に取り組むときに、「これがこうだったらこうかな」みたいな仮定の話というのはたくさんしているので、研究の立案のときにでもELSIであったりRRIの要素が入るような文化ができることが重要なのかなと思っています。
 
 松田室員 ありがとうございました。それでは医科学研究所の武藤先生、ご質問等々、何かございますか。
 
 武藤先生 ありがとうございます。すごく刺激的な会で勉強になっております。最後の高橋先生のドローンのお話では、いろいろな論点を洗い出されて、最終的には決断して研究を進められたという経緯から非常に学びが多かったです。多分、これからこういった研究はすごく増えると思いますし、もっと分野横断的に活用されていく手法だと思います。ですので、全体で議論する機会があるのはとても大事だなと思いました。
 もう一つは、インフォームド・コンセントについてです。最近、特に個人情報を活用する研究の場での同意のあり方について問い直しが進んでいます。個人情報の様々な利活用について同意を取得することが何を意味しているのか考えてみますと、あらゆるリスクについてご本人に責任を負ってもらうという意味しかなく、必ずしもいい手続きだとは言えない場合もあります。今回のご研究の場合は、やっぱり事前同意を取得することにはあまり適さない研究だったのではないかなと思います。
 一方でRRIとか患者・市民参画などの観点でいうと、ホームレスの方々を支援している団体とか自治体とか、サポートしている、コミュニティをよく理解されている方とどれぐらい連携ができているのか、そういったコミュニティのご理解を事前に得たり、留意点を議論したりすることも可能なのかなと思いました。また、研究が終わってから研究の成果を自治体の広報に載せてもらうとか、成果の説明会を開催するとか、支援者の団体に研究成果をお伝えするとか、そのような方法もありえますが、今回の場合はそういったことがなかなか難しかったのでしょうか。
 
 高橋先生 そうですね。結論から言うと、今回はそういうことはやっていなくて、サポートグループのことに関しては、今指摘されてなるほどそのとおりだと思ったのですけれども。それについては気づいておりませんで、そういうやり方もあったなということを感じています。
 まさに非常に重要な点だと思いますが、今武藤先生がおっしゃったように、事前に同意を得るかどうかというのは、同意を得ることの容易さと、その同意を得られないことの社会的な不便益を天秤にかけているのだと思います。あと、研究の見込まれる結果といいますか、いろいろな要素を考えて総合的に判断する必要があるのだろうなということを今回感じています。ただ、そうなってくると全部を見渡してわかっている人でないと判断できないわけですよね。そうすると、やはり研究者がそれに一番近いのかなという感じで、研究倫理委員会としてはそれ以上深入りせずに認めたという経緯がありますね。
 確かに同意を得ることも同意を得た人に責任を押しつけてしまうということで、そういう問題もあるというのを今聞いて目からうろこが落ちました。ありがとうございます。
 
 武藤先生 いえいえ。社会的に脆弱な立場の方々を対象に研究するときには、研究者側は成果をそのコミュニティに還元するという責務がより重視され、それがその研究を正当化する重要な要素にもなっていると言われています。地域に住んでいる人たちがその研究に関わったことで、その成果から何か良いことがあるように、時間がかかっても何か地域や集団に還元できることがあるといいなと。そういう議論もあるのでお伝えいたしました。ありがとうございます。
 
 高橋先生 ありがとうございます。今の研究でも、政策的な対応をどうするかということに結びつけられればよかったと思っております。ありがとうございます。

 松田室員 ありがとうございます。今の同意を得る・得ないという話は田中先生の社研の話でもありましたが、いかがでしょうか。

 田中先生 特に高橋先生のご講演が、非常に具体性があって、たくさんのことを考えさせられました。社研でも都市経済や空間経済の専門家はいるので、似たような問題が研究倫理審査委員会に上がったことがあると聞いています。あまり詳しいことは伺っていませんが、一つの場所にカメラを設置し、通行している人を全部ビデオで撮影し続けるという研究計画が出されたようです。倫理審査委員会では、たとえそのビデオを公表しないとしても、通行人を同意なく撮影すること自体が肖像権を侵害するので、委員会としてはその研究計画を承認しないという結論になったと伺っています。
 ただ、私もその研究が何を目的にしていて、その研究計画が承認されなかったときに代替案として何か方法があるのかといった詳細まで伺ったわけではありませんが、なかなか難しい問題があるかなと思います。今のケースだと、調査対象者の同意をとることはまず無理だろうと思いますし、もし、行おうとしていた研究によって何か有益な知見が得られることがあるのだとすると、例えばビデオの内容を完全に秘匿して、誰にも見せない工夫をしていたとしてもこのような研究は一切だめなのか、ということについては、議論の余地もあるのではと思った記憶があります。
 高橋先生に伺いたいのですが、倫理審査委員会では、研究者が委員になって、議論をして、一応判断を下すと思います。その後、どこにもフィードバックしないのか、事後的に、例えば論文が公表された後で、もう少し広い範囲の人たちに紹介して意見を聞くとか、そういった場があってもいいのではないかと思ったのですが、もしそういった取り組みがあれば教えていただければと思います。
 
 高橋先生 残念ながらそういう取り組みはないです。実際にこの研究倫理委員会で通った後の話というのは、ジャーナルのほうでちゃんと研究倫理面で問題がないか、認められるかと。実際に論文を投稿して、それは大丈夫なのかという問い合わせがあったりしたので、そこで一応またチェックは受けます。こういうことがありましたというのは今回このセミナーで初めてお話ししたんですが、なかなか共有する機会がなく、もったいないなと。こういうものも蓄積を重ねていくといろいろなものが見えると思うのですが、何かそういう枠組みがあるといいなとは思っています。でも実際には、今のところ残念ながらないですね。
 
 武藤先生 私どもの倫理審査委員会では、委員の方々に年に1回、研修の機会を設けています。これは国の倫理指針での定めによるものですが、そのときに過去1年間審査してきて、気になった研究計画について報告してもらって、研究開始前の自分たちの助言がどうだったのか、考え直してもらうという取り組みをしたことがあります。結構、倫理審査委員の方には一般の立場の方や外部の方もいらっしゃって、どうなったのか知りたいというお気持ちがあるので、そういったところで活用していくとか、あるいはお許しいただければ本学のいろいろな倫理審査委員会で今回の例を事例として、マスキングしていろいろな委員会でも議論してもらって、フィードバックするということがあってもいいのかなと。
 
 松田室員 ありがとうございます。高橋先生のドローンのことで結構議論があったのですが、高橋先生から何か、ほかの話題提供に関してお聞きになりたいことはございますか。
 
 高橋先生 まず唐沢先生のお話に関して、少し的がずれているかもしれませんが、実際に研究を行う者としてはELSIの考え方、RRIの考え方が、自分で研究を行っていく途中のプロセスでそういうことを考えなければいけないというのは当然皆理解している一方で、お話を聞いていると、何を研究するかを決める段階でそういうことを考える必要があるというようなこともあるのかなと思いまして。
 分野にもよるかもしれませんが、経済学のような社会科学の場合はやはり自分の興味関心と、それから分野で何が求められているかということを中心に決めるので、社会的な影響などは割合後についてくる感じです。そのときに最初から、何を研究するかを決めるときにちゃんとELSIの考え方を踏まえる必要がある。踏まえたほうがいいことはわかるのですが、それが例えば何か矛盾を引き起こしてしまう場合に、その研究はやめるとか、そういう判断が必要になるのでしょうか。
 
 唐沢先生 ありがとうございます。分野によって事情がいろいろ違うかなと思いますが、「何を」というテーマ自体と、例えばどうデータをとるかとか方法の話がどこまで不可分かということが一つあると思っていて。例えば先生のお話なんかは、何を知りたいかというのがあって、それをどういう形でデータで裏づけるか。そのデータのとり方のところでいろいろと倫理的な問題が出てくるという側面があったかと思います。
 その意味では、研究者としてのテーマ自体は比較的自由にやりたいというのはそのとおりかなと思うのですが、やはり社会との接点がデータ収集で生まれてくるのであれば、そこのところはやはりやってはいけないところの線引きというのがおそらく出てくるのではないかというふうにも思い、手法の問題がやっぱり大きいと思います。
 心理学は、社会心理学は特にそうで、先生のお話で外的な基準はないという話があったと思うのですが、どこまで許されているかということがものすごく動いた学問で、60年代とか50年代なんかは人をだます実験がいっぱいあったわけですね。今、そのようなものはできない。じゃあ、人の心、社会的な心について知りたいときに、問いはあるのだけど、やっぱり踏み込んではいけない領域というのが今の時代にある中で、学問は完全に自由ではないというのは実感しているところはあります。
 しかしながら、社会の中での学問ということを考えたときに、それは研究者がある程度受け入れていかないといけないところなのかどうなのか、という葛藤は、それぞれのコミュニティが議論して詰めていくところかなとは思っております。
 
 高橋先生 ありがとうございます。よくわかりました。
 
 松田室員 ありがとうございます。それぞれのご講演に関しまして、ほかにご質問等はございますか。
 もし特になければ、Q&Aに出てきている質問で、今ちょうど話題に上がっている研究倫理審査、どういう基準でという問題かなと思いますが、部局によって倫理審査の通りやすさが違うという話をよく聞くとのことです。学術研究の社会への影響を考えると、部局によって違うというのはあまり望ましくないのではないかということで、良い解決策はあるでしょうかというご質問です。例えば当該分野の代表的学会が倫理審査機構を兼ねるとかはありますか、とのことで、なかなか答えは一言では難しいかなと思うのですが、ご意見やコメントをいただければと思います。武藤先生、何かありますか。
 
 武藤先生 拝見して思ったことですが、確かに部局や大学によって運営体制自体もばらばらで、研究者から苦情がたくさん来るような委員会とそうではない委員会とがあって、なかなか難しい問題です。日本の倫理審査委員会が研究機関ごとの自治という考え方で成り立っていますので、なかなか難しいのですけれども。
 ただ、医学のほうでは倫理審査委員会同士の横のネットワークというのが大分できてきて、お互いにすごいローカルルールで厳しくし過ぎているところに気づかされる瞬間とか、あるいはよそでもここは悩んでいるんだなということを共有するようなことがあって、全体としてゆるゆると水準が同じような質になっていくということはあるかなと思います。
 あとは、倫理審査委員会が見ているのは個々の研究計画であり、全体で何かすぐルールをつくるとか、全部適用するとかということはあまり目指されていない活動だと思いますので、その点も申し添えたいと思います。
 
 松田室員 わかりました。ありがとうございます。唐沢先生、コメントはございますか。
 
 唐沢先生 いま武藤先生がおっしゃったことはまさにそうだと思いますし、例えば代表的学会が兼ねるということ自体は実務的にはおそらく無理で、やはり研究において皆さん機動性が必要だということはおっしゃると思うんですね。早くやっていかないといけないと。この機動性の問題を考えると、ある程度ローカルなところに委員会を置いて、そこで進めていくということが研究を活性化するので、研究の活性化と共通性とを考えると、横ネットワークのようなこと、武藤先生がおっしゃったことは非常に重要で。先ほど先生のコメントにもありましたけれども、いろいろな分野の仕組みのようなものを共有してつなげていくような場、プラットフォームがあると、完全ではないですけれども少しはこういう問題が解決するのではないかとは思います。

閉会挨拶(研究倫理推進室 藤垣 裕子 室長)

 講演者の皆様、基調講演と分野別話題提供も含めて、どうもありがとうございました。本日はまず唐沢先生から実際にRInCAでどういう課題が出ているのかというお話をいただいた後、川原先生からは、一人一人主体的に取り組んでいただく文化を作りたいということで、「自分ごと」化に向けての非常におもしろい試みをご紹介いただきました。それから武藤先生と田中先生からは、理系と文系、両方から今、倫理審査委員会でどういうことを注意しているのかということに注目したお話をいただきました。
 それから高橋先生からは、個人情報の扱いですね。実は2月3月に各部局でのELSI・RRI取り組み発表会を行いますと、本当に個人情報の扱いをどうするかというのは、特に人文社会系を中心にたくさん挙がってくるのですが、その具体例、そしてどういうことが問題かというようなことを、皆さんを引き込むような形でご紹介いただいたかと思います。
 東京大学で研究倫理セミナーをするときに毎年、非常に頭を悩ませるのは、東京大学という場における研究分野の多様性でありまして、そこにELSIとかRRIをどう組み込むかというのは、本当に分野によって異なるのです。本日、グッドプラクティスとして4分野を挙げましたけれども、昨年も別の4分野があって、一昨年も別の4分野、その前も4分野ございまして、それぞれ「東大TV」で公開しております。ですので、聞いていらっしゃる皆様、今日の4分野、そして過去のさまざまな分野を参考にしていただいて、ご自分の部局で、それこそ「自分ごと」化するために生かしていただけたらと思っております。本日はどうもありがとうございました。

出演者・企画者より

藤垣 裕子(研究倫理推進室長)

今回の研究倫理セミナーは、UTokyo Compassの目標1-5と第4期中期目標・中期計画の8-4にある共通の指標「RRI及びELSIを組み込んだ研究倫理セミナーを年40回開催する」を実現するために2021年のセミナーから行ってきた取り組みの延長上にあります。本学人文社会系研究科の唐沢かおり先生(JST・社会技術研究開発センターでELSI分野研究統括)の基調講演の後、部局取り組み発表会でのgood-practiceを4部局から発表いただき、全体討論を行いました。

唐沢 かおり(人文社会系研究科)

今回の講演では、RISTEXのRInCAプログラムの紹介を通して、RRIの推進における課題について、考えを共有する機会をいただき、ありがとうございました。分野別の話題提供では、大変興味深い事例をお教えいただき、質疑を通じて実践的な取り組みへの関心が高まっていることを実感しました。研究現場におけるRRIの実践には多様な課題がありますが、異なる分野の視点からの意見交換により、良い事例から学び、研究と社会の橋渡しを進める必要性を強く感じました。

川原 圭博(工学系研究科)

技術の社会浸透が加速する中、大学において、技術に精通し、さらに社会の痛みへの感受性を兼ね備えた次世代リーダーを育てる責務があると再認識しました。このためにも、ELSIやRRI等の地道な取り組みや具体例を共有し、対話を重ねることが重要であり、これが科学技術と社会の信頼関係を構築する上でも不可欠な営みであると感じました。

武藤 香織(医科学研究所)

様々な分野で議論できたことはとても有意義だった。ディスカッションでは、思いのほか、倫理審査の話題になり、人を対象とした研究では何のために倫理審査を行っているのかをあらためて考える機会となった。近年は、研究者が研究参加者やそのコミュニティとの間で、研究成果を還元しながら信頼関係を構築・維持することが求められている。本学の研究者が様々な研究対象者とそのコミュニティに支えられていることに感謝をする日があってもよい。

田中 亘(社会科学研究所)

今回のセミナーでは、ドローン調査のような具体的な事例を通じ、イノベーティブな研究の実現と調査対象者のプライバシー・人格権保護などの倫理的課題をどうバランスさせるか、非常に深い議論がなされました 。分野横断的な対話の意義を改めて実感する貴重な機会となりました。倫理審査委員会の審査結果をフィードバックさせるため、事後的な意見交換の場があればよいと思いました。

高橋 孝明(空間情報科学研究センター)

私のような研究倫理の素人が皆さんの前で話して良いのかと思いましたが、思いのほか、皆さん興味をもって聞いてくださり、感謝の念が絶えません。一般的・抽象的な研究倫理の議論も重要ですが、具体的な実際の研究に即してその研究固有の研究倫理の問題を考えるのも、やはり重要だと思いますので、今後もさまざまな分野の方にお願いしたいところです。他の登壇者の方の報告やパネルディスカッションでも、実に豊富な気づきがあり、非常に有意義でした。

松田 康弘(研究倫理推進室員)

ELSIの探求における実践や社会実装技術に関する議論での知識の蓄積・共有と持続性について学ぶことがありました。また、学内の異なる部局における研究倫理審査のあり方についての議論も包摂性や人権の観点から考えさせられました。工学系研究科の公開討論会の動画のクオリティが高く、より多くの方がELSI/RRIを考えるきっかけになる秀逸な教材だと感じました。

関連動画(学内限定)

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